敗者の群像(その6)

十分ぐらい歩いたところに、依吉密(イチミ)開拓団の作った水田用の水門のあるところにきた。道は橋になっている。さきに歩いていた斎藤の親父さんが橋の上から下を覗いている。「誰か居る。白い服をきた人がうごきよる。」「オーイ。」小声で呼んでみた。すると、「たすけて!!」女の声である。しかも日本人らしい。「山戸、おんしが下りてみてきいや。」草の茂みを滑るようにして水辺に下りてみた。うすあかりの中で白い服をきた女が、水を手ですくって飲んでいる。「どうした、一人か。」「助けて下さい、一人です。この東の開拓団の看護婦をしていた者です。昨日暴民が団の中に押し入ってきて乱暴をしようとしたので、短刀で抵抗したところ刀を取られ胸をつかれました。一人であるいて喉が渇き水をのみにきたところです。」ゆっくり話を聞く暇はない。「いっしょに行こう。」女をせきたて道に上がった。待っている皆に事情をはなし、連れて逃げることにした。ところが斎藤のおやじさんが「山戸と川村、おんしら二人が肩をかしてやれ。」命令である。 同僚の川村と二人で両脇にまわって、女の体を支えながら歩くのである。「痛い、痛い。」と時々言いながら胸に手をやる。

乳房の辺りが、黒く血がにじんでいたいたしい。うす明かりのなか透かして覗いてみると、顔はまだ若い。二十歳くらいに見える。私と同じくらいの年頃である。

草原の一本道、背だけより伸びた草が、辺りを被っている。

五メートル前は見えない。足もとは凸凹の悪路だ。それだけでも歩くのに大変なのに、ましてや負傷した女を支えながらの行軍は、いくら若者と言えど困難なことである。「おーい。」先に行くもの達に声をかけるが返事がない。「待ってくれ。」大きい声で呼んでみると、遥か向うで返事がした。しばらく行くと、黒い人影がかたまって待ってくれている。「傷を負っている人を連れて歩いているんだ。もう少しゆっくり歩いてくれないか。」誰も返事はない。皆がまた歩き出した。

道はわずかに白くぼんやりと見えるだけで、あたりは真っ暗闇である。それから少し行った時に、急に草原の中から狼のぶきみな遠吠えがした。地をはうように聞こえてくる狼の声はずいぶんと聞きなれてはいたものの、この暗闇のなかで聞く声は、血の気が頭から足の先へサーッとひいた感じがした。「もうすこしはやく歩けないか。」気の毒とは思いながらも、つい愚痴っぽい言葉になった。

死ぬか生きるかの逃避行なのだ。自分の命を守るのが精一杯の時に人助けなんて、そんな余裕はない。この女から逃れたらどんなに楽になることか、人並みに早く逃げていけるのに・・・。

そんな無情なことを考えると、つい腕に力が入り足早になる。

心は鬼だ。そんな私の心を察してか、「私は後から行きます。二人とも先に逃げて下さい。」女はそう言うと足を止めた。「そうか、それなら先に行くぜ。」川村がすたすたと一人で歩き出した。「まて。」この女を捨てることもできない・・・と迷った。

彼女の云うようにすれば、足手まといにならなくてすむから楽にはなる。だが、みすみす狼のえじきにするようなことは出来ない。「さあ、いこう。」力を入れて、座りかけた女のうでを掴んでひっぱった。川村も先に歩き出したものの、やはり彼女を捨てていくことは出来なかったのだろう、少しいったところでまってくれていた。「頑張ってよ、前には誰もいないんだから。」心の優しい川村の性格は、私が一番知っている。その彼が心を鬼にもしたい心情は、私も同じだ。

そんな三人の事など考えもしないのか、先に行った者はもうそこらにはいない。

うすぎみの悪い狼の声に追われるように三人は無言のまま歩き続ける。「痛い、痛い。」と云っていた声もいまは出ない。彼女も必死になって歩いているのだ。

肩を支えている腕がしびれてくる。腹は空いてくるし、先に行った人たちには取りのこされるし。不安は募るばかりである。 それから一時間くらい歩いただろうか、先の連中が道に座って待っていてくれている。道案内をしてくれているリーダーの人が、「もう少し行けば川に着く、そこに一軒家がある。そこまで行ったら夜が明けるまで休もう。犬が吠えなかったら満人はいないので大丈夫です。」そう私たちに告げると、「さあ、出発しよう。」皆が腰を上げた。無情なものである。だれ一人として、かわってやろう、と云う者もいない。また最後についてとぼとぼと歩き出した。

支えている腕が痛む。「すみません。」蚊の泣くような彼女の声である。

時間は真夜中頃だろう、冷たい夜空の星が青白く光ってどこまでも続いている。星明かりに、道がだいぶ歩きやすくなってきた。 それから三十分くらい歩いただろうか、一軒の小屋がみえた。

犬も吠えてこない。誰もいないようである。

家の中をのぞいてみると、庭に焚火の残り火がもえている。「さきほどまで満人がいたらしいが、かえったあとのようだから心配はいりません。夜が明けるまでしばらくここで休みましょう。」

綿のようにくたくたになった体を、板の間の上に横になった。私のとなりに彼女も丸くなるようにして、横になった。傷が痛むのだろう、胸に手をあててジーッとこらえているのがわかる。

誰も言葉はない。みんな疲れているのだ。少しの間でも寝たい。

どれくらいまどろんでいただろう。気がついて、あたりを見回すと、皆死んだようにねている。外は少し夜が明けかけているようだ。となりで休んでいた女は、起きて何やらハンカチに包んだものをほどいている。何だらう?すると、にぎりめしが二つ出てきた。その一つを私に、「食べて下さい。」と差し出した。

有難い、食いたい・・・腹はぺこぺこだ・・・喉から手が出そうなほどほしい。だが、それをもらって食べるわけにはいかない。「あんたが食べなさい。」「わたしはいいんです、どうぞ。」彼女は無理にすすめるが、強いて断わった。隣の川村にもすすめているようだが、同じように断っている。・・・体が弱っているんだから。自分が食べなさい・・・と一言をと思ったがやめた。彼女はもとのハンカチに硬くなった握り飯をていねいに包んで、腰にくくりつけている。

人にすすめるより自分が一番食べたいはずだが、この土壇場でなにがそうまでいこじにさせたのか、義理堅い。あまりにも無情でかわいそうでならなかった。やっばりこの人も日本の女なんだなあとつくづく思いながら、起き上がった。

夜が明けたようだ。窓から外をすかしてみると、なんとちょうど下は川が流れている。朝霧が川に沿って上流に向けて流れているのが見える。「さあ出発だ。これから川を渡るのだが、イカダが向う岸に行っていてこちらの岸にはない。誰か泳いでとってきてくれないか。」リーダーの人が若い私達の方をみていった。身を切るような寒い朝、それにどんな川やら、巾がどれだけあるのか分からないのに進んで飛び込む者もいない。「上田、おんしが行け。」斎藤の親父さんの声がした。

上田彦吉、同僚である。おとなしい真面目な青年で、体も大きい。彼は裸になり、霧の深い水面へ静かに入っていった。

十分くらい待っていると、静かに波を立てながら、霧の中からイカダに乗った上田がもどってきた。丸太の上に板を打ち付けた簡単なイカダである。四、五人しか乗れそうにない。鉄線を張っていて、それを手でたぐりながらイカダを進めるのである。

往復三回で全員が渡れた。三回共私がこいだ。上田のことを思うと、それくらいのことはせんと自分の気持ちが許さないような気がした。最後の組を乗せてイカダがうごきだすと、ほんとうにほっとした。これで匪賊からの追手はのがれることができるのだ。向う岸にイカダがつき、丘にはい上がると、朝日が霧の中に霞んで顔を見せた。

皆が揃うと出発だ。明るくなったので歩くのが楽になってきた。

傷を負った看護婦をささえてやりながら歩いている。いくらか彼女の足どりが軽くなったようだ。すこし元気が出たようである。

川村は先に歩いている。二人三脚をするときのように腕を組んで歩いているのだが、普通のときなら若い男女が腕を組んで歩くということはいろいろと感情の高まりもあろうに、そうゆう異性としての感情はぜんぜんおきないから不思議だ。

彼女の顔はソバカスはあるが、丸いととのった顔をしている。お化粧をしたら美人かもしれない。歩きながらそんなことをふと考えたりした。だが今はそんなことどころではないのだ。どれだけの傷か解らないが、苦しみながらも一生縣命に生きようとしているのだ。そう思うと本当に気の毒なきがする。

川を渡ってから一時間くらい歩いただろうか、煙草を植えた広い農場に出た。鉄嶺(テツレイ)の義勇隊訓練所の農場とゆうことだ。

とうとう鉄嶺(テツレイ)まで逃げてきたか。自分達は匪賊から逃れることが出来たのだ。嬉しい、ほとんど声のなかった一行の中から話し声が聞こえ出した。彼女も本当に嬉しそうに、ほほをほころばして私の顔をみた。永い強行軍だった。ずいぶん乱暴に連れて歩いたが、なんだかすまないような気がしてきた。

遠くで起床ラッパがきこえた。まだ義勇隊は引揚げずにいるようである。

鉄嶺(テツレイ)訓練所の屋根が見え出した。この訓練所は三千人余りの大訓練所ときいている。私達一行はいきつきの中隊の門をくぐり、本部へ斎藤の親父さんが交渉に入った。間もなくして、中隊長らしい方が出てきて、「皆さん、お疲れになったでしょう。ご苦労様でした。義勇隊の方はこの中隊に入って下さい。その他の方はこれから少し行ったところに、大隊本部があります。そこでお世話になって下さい。連絡はとってありますので。」ここで一行は二組にわかれることになる。傷を負った看護婦ともここでお別れである。ただ一言、「気をつけてね。」それだけしか言えなかった。「どうも有り難うございました。」頭を下げた彼女の青白い精一杯の笑顔を凝視することは出来なかった。

匪賊に追われて二日間、日本人というだけでどなたとも名も知らない人たちと共に、一生懸命生きようと逃げ続けてここまでこれた。僅かの時の行きずりの縁、二度と逢うこともなかったこの人達とは、これが最後の別れでもあった。

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