敗者の群像(その2)

長雨で草原の低地は泥流となり道は所々決壊している。

首まで来るような泥水の中を、子供を連れた人そして女や老人が必死になって渡っている。我々義勇隊開拓団員や、その周辺の一般開拓団の人たちが集結して日本へ、いや南へ向けて移動を始めたのである。

長い間苦労して開拓した土地を捨てて、着のみ着のままの姿で止むなく非難を始めた。少しの着替えと毛布一枚をリュックサックにいれているだけだが、何だか足は重い。

家族を連れた開拓団の人たちは大変な苦労をしている。それに比べると、自分達は独り者で気楽で何だかすまない気もする。

地平線に夕陽が沈みあたりが暗闇になってきた道を、だれ一人として声もなく、ただ前にいくものの後を遅れないように必死についていく。歩きながら考えた。昨日までは平和だったと言うのに、一夜明けて今日はこのざまだ。情けない口惜しい、むしょうにはらがたってくる。我々は何のためにこんなところまで来て働いたのか。「天皇陛下の馬鹿やろう。」心の中で叫んでみた。ただ一念に陛下のため、五族共和のためを信じきって、あの荒野を耕しそしてあの村を造ったのは何であったか・・・そんなことを考えながら歩いていたら急に涙が出て来た。 前を歩いている女の声が、「口惜しいね。」とつぶやく。ちょうど後ろで、「仕方のないことだ、我慢しよう。」老人の声が自分に言い聞かしているような細い声だが、泣いているように私には聞こえた。

随分長い間歩き続けた。夜の十時にはなっていただろう、向うの丘の麓にちらちらと明かりが見え出した。「オーイ頑張れよ、あすこに見える明かりが依吉密(イチミ)開拓団だ、もう大丈夫だ。」先頭の誰かが叫んだ。急に群れの中が賑やかになり出した。昨日からの歩き続けの体が、急に疲れを感じそこに座り込みそうになるのをこらえた。

依吉密(イチミ)開拓団、この開拓団は慶安県でも一、二を誇る大規模開拓団である。まだ団員は引き揚げもせずに、そのままで生活しているようだ。代表が団長に交渉して全員万事ここでお世話になることを了解してもらい、それぞれ空いた民家へはいらせてもらった。

戻る 次へ メニューへ トップへ