Yさんの大発明

憲兵のMと、性格といい風貌といい、対象的であったのは同じニジェールの環境局植林課長のYさんである。Mよりは一回りは若い、まだ30歳そこそこであったにもかかわらず、おっとりとした語り口、挙措動作に、しもぶくれの穏やかな顔立ちも手伝って、なんとなく安心できる相手であった。

その彼がある日のこと、、、これも、二人でコーラを飲み飲み、、、おもむろに切り出した。実は自分はある画期的な発明、、、というか、アイデアをもっている、、、と。このアイデアが実行されれば、地球上のエネルギー問題の大部分は解決する。二酸化炭素の発生を画期的に減らせることは確実だから、温室化などの環境問題ももはや問題ではなくなる、、、と。

私は思わず黙り込んだ。Yさんは続ける。「どこか、信頼のおける組織がないものか。もしも信頼できる組織が見つかりさえすれば、私は私のアイデアを提供したいと思っている。それによって人類にささやかながらも貢献することが出来るだろうし、私にとって、いく分かの経済的な見返りが得られるならば、それに越したことはない。」

えーっ、、、一体何のことなのだ。彼の顔を私は思わず見返した。太陽、、、ではない? 風? 地熱? いずれでもない? 電力は電力なのだが、そんなややこしいことではなしに、もっとはるかに簡単な、そしてすぐにも実行可能な方法なのだと彼は言う。

「ヨーロッパの研究機関に持ちこもうかとも考えた。だけど、彼らは信用できない。彼らは平気でアイデアの横取りをするだろう。そうなれば、いくら私が、もともと私のアイデアなのだと主張しても、ただアフリカ人だというそれだけで負ける。アフリカ人にアイデアなんかあるはずがないと、彼らは必ず言い張るんだ。そうして一人じめにする。だからヨーロッパ以外に、どこかに信頼できる組織はないか探してるんだ。うまくいったら、人類のためにもなるし、私の生活だって大きく変わることになるんだがなあ。」

私はエネルギーに関して思いつく限りの例をあげて聞いた。彼はいずれも違うと言う。もっと簡単、単純な方法だ。だから誰も思いつかない。それだけに実現されれば誰もがうなる、そういう発明、アイデアなのだ。だけど、めったに口外しようものなら、すぐにも盗用されかねないし、、、と、例のおっとりとした口調で言う。そんな彼にそれは何だとは聞けない。どんな画期的なアイデアなのか、そっと自分にだけ、、、などと貴方なら聞きますか? とにかくその日、彼は私に大きな謎だけを残したままで帰って行った。

さあそれから私は考え込んだ。彼の言う、簡単、単純、すぐにも実現可能で、しかもエネルギー問題の大部分を解決することが可能な、画期的なアイデアとは一体何なのか。ああでもない、こうでもない。3日間考えぬいた上で、まさか環境局の課長ともあろう人物がとは思いながらも、これ以外にはないという結論に到達した。そうしてYさんに会った。

「実は、まことに残念なことながら、永久機関というものは存在しないことになっている。たとえば、一つの小さな発電機で得た電力で、一回りだけ大きな発電機を動かし、その電力でまたさらに一回りだけ大きな発電機を動かすことが可能なら、たしかにエネルギー問題は解決する。しかし、それは物理学の原則からすれば不可能なことなのだよ。」

その時には彼は「アー、ボン(へえ、そう)」としか言わなかった。それから何ヶ月たったか、「あれでいけると思ったんだけどなあ、、、」と、いつもの調子でおっとりと語った。

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