あるおっさんG

なにせ彼との付き合いは毎週1回、1年近くの長きにわたる。他にも時間的な長さならもっと長い関係の相手は一杯居るのだが、何と言ってもその付き合いの次元が違う。緊張感の度合いが違うのである。だから、Mについて書くとなると、どうしても長くなる。

彼が一度だけ、私に接近してきた目的らしきものを、チラッと匂わせたことがある。いつも、話のどぎつさとは対象的にもの静かな口調で話すそのMが、その日はとくに慎重だった。

憲兵の仕事は決して長く続けたいとは思っていない。2年後にやってくる次の軍籍更新時期に、なんとか除隊したいものだと思っている。それを逃すと、さらに次まで待たなくてはならなくなる。どうせ除隊するのなら、まだ若くて元気がある今のうちだ。今ならやり直しが利く。しかし、もう一期遅らせたりしたら、転職する気力も体力もなくなって、それこそボロボロになる定年まで、憲兵暮らしから抜けられなくなる。何人もそんな連中を知っている。途中で死なずに生き残ったとしても、みじめなものだ。あんなふうにはなりたくない。何とかうまく除隊したい、、、と。

「定年まで勤め上げてその挙句、一体、どうなってるか、知りたければ検問所まで来てみろ。よぼよぼの老人たちが憲兵たちの側にいたら、それがご当人たちだ。後輩たちが通りかかる車から巻き上げる目こぼし金の、そのまたおこぼれをねだりに、毎週、そこにやって来るのさ。嫌われてるよ。だけど、それしか道がないんだ。それに、その老人は俺たち自身のなれの果てさ。そう思うから、少しばかりだがめぐんでやるのさ。若い者はみんな言う。あんなふうにはなりたくない。あんなみじめな老後だけはごめんだってな。だからみんな時期を見計らって円満に除隊して、自立しようと考える。」

除隊したら一体何をするつもりだ。一体何ができるんだ、、、と、当然、私の方は聞く。

「こんな仕事の関係上、自分には様々なコネがある。商売をしようと思えば、様々な人脈を使ってかなりなことができると思う。そこでどんなものだろう、あんたが日本に帰国してから、商品を自分あてに送ってはもらえないか。自分はこっちで売りさばく。日本の品物なら、どんなものでも引く手あまただ。二人で組んで商売をする気はないか。」

はっきり答えてやる方が親切というものだろう。お気の毒だが、自分にはその気はない。第一、自分は、もともと物を作る方ではあっても、売ったり買ったりは苦手だ。到底、そういう向きではない。誰か他に探した方がよさそうだ、、、と。スコーンと蹴って飛ばすしかない。Mはそれ以上もう二度と、私に、商売の話はしなかった。しかし、それ以後も私のもとへは毎週来た。そうしていつもと同じ、時局や世相の裏話をした。

「以前アル中で妄想に苦しんだ時以来、自分には一種の霊感が働くようになっている。相談にくる人たちも少しずつ増えてきた。憲兵をいつやめられるかは分からないが、将来的には、マラブー(宗教的な相談役、聖者)になって、みんなの力になりたいと思っている。今すぐにでもやったらどうだと言ってくれる人がいるよ。」とも語った。その時の彼の口調に悪びれた感じなど一切なかった。私だって茶化す気にはなれなかった。

アル中上がりで、地獄の底をかいま見た経験のあるマラブー(聖者)なら、居ても不思議はない話だ。

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