あるおっさんE

Mが、とうとう、以前居たというドッソへ転勤することになった。ニアメから140キロ南に位置する同名の県の県庁所在地である。あそこなら何かあったらすぐにでもニアメまで帰れる。女房の仕事の関係もあるし、当分、家族はニアメに残して単身で赴任すると言う彼に、私はやれやれと思う思いが半分と、貴重な情報源との関係が希薄になるという思いとが半分で、一種複雑な気分だった。

彼がドッソへと去って2、3日たったかと思われるある晩、滅多に鳴らない私の部屋の電話が鳴った。いぶかしみながら受話器を取った私の耳に飛び込んできた声は、若い女性のものだった。それも日本語で、ドッソのSです、、、と。

協力隊のS隊員だった。その内容に、私の心臓は縮み上がった。

「Mさんという人が、私の家へやってきました。ヤマトさんとは知り合いで、もうずい分前から親しい仲だと言ってましたが、本当ですか。」それはまったく予想もしないことだった。まったくの死角をつかれた、そんな思いに私はあわてた。まさかあのMが、日本人女性に、しかもドッソにたった一人、いわば孤立した状態で赴任している協力隊の隊員に目をつけようとは、、、。

Mがそれまで、私に、どれだけ自慢たらしくあれこれ話をしたか。目をつけた外国人女性を、例によって例のごとく意地悪しながら、いかに狡猾な手段で籠絡していったか。耳にたこができるほど聞かされていた私が、どうして平静でいられよう。

S隊員は私の質問に答えた。「なんだかとてもしっかりした感じの人でした。家の中を興味深そうにのぞいてはいましたが、決してぶしつけな、いやな感じはしませんでしたよ。ヤマトさんの知り合いと聞いて、安心しました。」とにかく、電話で聞く限りでは、最悪の事態を伝えるものでだけはなかった。しかし、それは当面のことでしかない。

知らぬが仏ということもある。Mの訪問にとまどいこそすれ、別段、迷惑がっているふうもないS隊員。そんな彼女に、ことさら不安をあおるような話はできない。Mだって、近隣諸国の女性をからかうようにはいかないことは、承知のはずだとも思う。しかし、相手はあのMである。この時くらい焦ったことは私の西アフリカでの経験でもそうはない。

「まあ、決して、悪い奴ではないけれどもね、、、まあ、何かあったら、すぐにでも、連絡をするようにね。私の方からも、彼に電話をしておくから、、、。」

翌朝、ドッソの憲兵隊事務所へと電話をかけた。Mは例の検問の仕事に出かけた後だった。ヤマトから電話があったと伝えてくれと伝言を頼んだ。夕方、ホテルにかかって来た。簡単な挨拶の後、単刀直入切り込んだ。日本人にめったなことをするんじゃないぞ、、、と。

Mは最初、私の言っていることの意味がつかめなかったようである。しばらく噛み合わないやりとりの後で、ことがドッソのS隊員のことと知って、Mは大笑いを始めた。「ああ、そのことか、それが心配で電話してきたのか。はっはっは、心配には及ばんさ。俺だってもう、それほど向こう見ずじゃない。心配しなくても、あんたに迷惑はかけないよ。」

後日、ニアメの隊員宿舎でS隊員に会った。Mはあれ以来一度も来ないとそう答えた。

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