あるおっさんD

「ムッシュー・ヤマト、ご存知ですか。ニジェールでは、道路の検問、各都市の出入り口でやっているあの検問、止らなくてもいいんですよ。振り切って逃げてもね。」JICA事務所の現地雇員のSさんがこう言った。

例の憲兵Mの話を聞き知っている私の耳には、彼の言葉は異様に思えた。ボロ車さえもめったにない森林官ならいざ知らず、あの悪辣な憲兵を相手に、しかもBMWの大型バイクで張っているあの連中を相手に、そんなことが本当に可能なのだろうか。

そんな私の反応を見透かしてのSさんの話である。「その原因はあのMです。あのMのおかげでね、検問を振り切って逃げる車が仮にあっても、憲兵でも何でも、追いかけてはいけないことになってるんです。勿論、ナンバーをチェックされますからね、後難をおそれて誰もそんなことはしません。けれども、やろうと思えば検問を振り切ることは出来るんです。」

私はMが、現在彼がおもしろくないと言っている事務職に左遷された原因を、例のたばこの関連だとばかり思っていた。ところが、Sさんの話では、Mが国道検問所で起こした「事件」が原因だ、誰もが周知の事柄だとそう言う。

Sさんが、マールボロの西アフリカ密輸ルートの存在や、それに絡んだMと軍上層部との関係について、どこまで知っているのか、、、そんなこととは無関係な、Mの口からは一切聞けないSさんなりの話が入る。週末、Mに会った時には突っ込んだ。

「ああ、その話か。俺もどじを踏んだもんだ。そうなんだ。あれ以来、ニジェールでは逃げる車は追うなになった。ドッソに転勤になってからは、国道の検問をやっていた。あれは1年近く前の話だ、俺の目の前を素通りしやがったんだ、停められることは分かりきっているのにな、ある車がな。俺は、なめるんじゃねえと、当然追いかけた。こっちはBMWで、むこうさんはメルセデスだ。意地でも負けるわけにゃあいかねえ。ひょんなことだ。アスファルトの上にな、砂が乗ってる、ああ乗ってる、乗って、あ、あ、危、な、い、滑っちまう、このスピードなら滑、、、る、、、そう思ったら滑った。ツルッと滑った。あれ、足が? こんな形に? そう思いながら滑った。アスファルトの上をな、国道のな。」

「気がついたのはニアメの病院のベッドだ。お前の着ていた服はこれだと見せられた。俺は初めてあの時震えた。これを俺が着ていたのか、、、と、そう思ったら震えが来た。ズタズタでとても人間の着ていたものとは思えなかったんだ。いつも着ていた制服がな。あの時初めて、俺はおそろしいと思った。おれも人間、生身の人間なんだとな。」

「4ヶ月入院した。おかげで、それまで検問所勤務で貯めてあった金は消えた。みごとに消えた。もうこのとおりピンピンだ。だから事務職ではなしに、もとの現場にもどしてくれと言ってある。しかし、、、あの時は、、、滑った。その後、気がついたのはニアメだ。まったく意識がないんだものな。ポカーッと、抜けたみたいにな。」

彼の話だけ聞けば、憲兵や警察、森林官、要するに取締りをする側の安全を守るために、無理して深追いをするな、、、と、そう言うことになる。Kさんの話では、この時Mに追いかけられたメルセデスが転倒して、乗っていた4人全員が死亡した。だからそんな犠牲を出すな、無用の死者を作るな、、、とそうなる。Mの話には立場の違う凄みがある。

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