あるおっさんB

なぜMが、あれほどにも色々と、裏ばなしから表ばなし、私に対してしゃべったのか。その理由は知らない。多分、私が聞き上手だったのだろう。それ以外には思いあたらない。

「今の事務職になる前には国道沿いの検問所。しかし、その前は、リビア国境に近い砂漠の中の駐屯地。この時、俺はある事件を追っていた。あともう少しというところで転属になった。俺は深入りしすぎたんだ。ああ、そうだ、それが例のSOVIMEXだ。たばこ密輸の幽霊会社。あいつに噛んで、左うちわにするつもりだったのさ。」

「もうちょっとで蛇の頭をつかめるところまで行った。だから、上の勘気に触れた。あの密輸、アメリカたばこのマールボロ。南のギニア湾岸からニジェールを経て北のリビアへと流れ、さらにはヨーロッパへと流れ込む途轍もない大金脈。俺はそのマールボロを追い続けた。リビアとの国境近くの砂漠では、たばこの箱を満載したトラックをしょっちゅう見た。俺は、ニジェール国内、何処から北上してくるのか突き止めようとした。しかし、砂漠の入り口のタウアより南には痕跡はなかった。だから俺は、ニジェール国内を地上からではなしに、タウアまで空輸されると目星をつけた。」

「SOVIMEXは軍のしわざさ。軍の上層部、古株たちが目を光らせて、輸送機でやっている仕事さ。だから俺は飛ばされたんだ。命があったそれだけで、まずはよしとしなくちゃな。今度はあれにB将軍が手を出す。クーデターでトップには立っても、これまではまだ軍隊の内部では若造あつかいされていた。いまや自分が大統領だ。古株を追いやって絶対自分のものにするぜ。お手並み拝見ってところだ。」

「1月のクーデターか? あれはフランスの絵図だ。B将軍だってそれほど世間知らずじゃあないぜ。フランスの許可も得ないでクーデターがやれるかどうか、百も承知のことだからな。現に戦車砲の先頭で指揮をしたのはフランス人の軍事顧問たちだ。」

「なあ、俺の言ったとおりだろ。今回(7月)の大統領選挙、あれはみんな茶番劇だ。投票なんか形式さ。最初からまともにやる気はなかったんだ。軍隊で事前に作った投票箱を、さも正式に投票したみたいに見せて、開票しただけのことだ。そのために、「全国」選挙管理機構を投票日の直前に難癖つけて解任して、「国立」選挙管理機構にかえた。不正を容認させるための操作さ。それが証拠に、え、どんな田舎の投票所でも投票率は、軒並み90%以上だ。ここまで大っぴらにやったんだ、なかなか、みごとというもんだ。」

「この絵図は隣の国の大統領の顧問が描いた。知ってのとおり、今回はれて大統領に就任したB将軍と隣の国の大統領とは、マダガスカルのフランス軍基地で一緒に訓練を受けた仲間だ。選挙の何日か前には、そのお仲間の大統領がお忍びでニアメまで来ていたんだぞ。このまままともに選挙をしたらB将軍に勝ち目はない。だから対立候補を消すか、、、という話にまでなってたんだ。それにはフランスがうんと言わなかったのさ。」

Mの話は、眉つばで聞きとばすにはあまりに説得力がありすぎた。しかし、もの欲しそうな顔はできない。思わずよだれが垂れそうなどんなおいしい話でも、自分には関係のないことだと冷淡、無知を装って、相槌だけはきっちり打つ。こんな話にめったに深入りはできない。なにせ相手が相手なのだ。

しゃべるにまかせて聞いてやるしかないじゃないか。

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