雨C

モロッコの雨は冬に降る。南半球まで下がった熱帯収束帯に引きずられて、サハラの高気圧帯が南下した分だけ、ヨーロッパや北大西洋からの低気圧が侵入しやすくなるのである。南ヨーロッパ、地中海沿岸の地域でも冬の降水量の方が多く、夏に雨が少なくなるのはこのサハラの高気圧帯のためである。

ラバトでは晩秋から降り始める。それも、シトシト、シトシト、、、と、まさしく人をして愁殺する秋風秋雨という感じで、日を追って寒さを加えてくるために、通常は何ともなくても、バイクで走るときなどには防水だとかダウンの入った上着だとかが恋しくなる。

ラバトから100キロほど南にあたるカサブランカの緯度が高知市と一緒である。それを思えば、冬寒い日があっても当然といえば当然のことなのだが、なんとなく、モロッコと聞くと暑い国というイメージが先行する。しかし、冬は寒い。ラバトでは凍えるほどではないにしても肌寒さが身にしみる。私の住んだアパートの部屋では、熱い風呂につかることなど望むべくもなく、限界まで熱くしたシャワーをしばらく出しっぱなしにして温もったあと、大急ぎでベッドにもぐる。温水のシャワーはほんと有難かった。

しかし、この雨、1月頃にしばらくの間、中休みを迎える。それまで雨をもたらしていた前線が、さらに南に通り過ぎてサハラの最前線まで下がり、高気圧とのせめぎあいを始めるのだ。この時期の空の美しさと言ったらない。見上げると頭の底がしびれそうな深い深いブルーの空、熱のない、冷たくフレッシュな陽の光が、生垣のブーゲンビリアやポインセチアを輝かせる。

この時期、モロッコ中部の都市フェズを訪れることが、私には最大の楽しみであった。世界遺産にも登録されているフェズのメディナは上から見ると、直径何キロもある巨大な蟻塚をえぐりとった感じがする。外からはその喧騒は伝わらない。けれども一歩中に入れば、高い建物と建物との間に迷路のように張り巡らされ細い路地には、まるで蟻の行列さながらに、人、人、ろば、ろば、、、押し合いへし合い、うごめきながら流れている。その路地から、そりかえって見上げる空、、、淡く屈折しぬいた間接照明の光が、中原中也の詩のぶらんこではないが、ゆあ〜ん、ゆよ〜ん、ゆあゆよんと、建物の壁伝いに腰をふって下りてくる。それがこの時期、雨期の切れ目の時期である。

そうしてまた、北上を開始したサハラの高気圧におされて、それまで南に下がっていた北からの前線が雨をつれてもどってくる。時として、朝、うっすらと積もった雪をみることだってないではない。寒いには寒い。しかし、それももうしばらくの辛抱というわけだ。

しかし、ラバトやフェズの気候だけにモロッコのすべてを代表させることはできない。モロッコは日本同様に、山あり谷あり、複雑な地形と気象条件をもつ国である。最高峰が4000メートルをこえるオートアトラス山脈を筆頭に、少しずつずらせながら立てかけてある屏風さながら、ほぼ南西から北東方向に向けてつらなる山脈が4本。スキー場もあるし、モアイエンアトラスでは、道路沿いの小高い丘に、誰がつけたかシュプールの跡を見かけることもある。山岳部での降雪による国道封鎖は例年のことである。

セネガルやニジェールの雨に比べて、モロッコの雨は冷たくはあるが、大地にやさしい感じがする。雨期があければまもなく5月、この世とも思えない色彩のはじける世界が現出する。

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