雨A

セネガルでもニジェールでも雨の降る前には臭いがする。雨のにおい、どんな匂い?
いえいえ、それが臭いなのです。それもものすごく鼻をさす、土ぼこりの臭いです。

ニジェールに調査団の一員として出かけたときに合った雨にはびっくりした。それまでにすでに5年セネガルで活動して、サハラの南の地域の雨は十分経験していたはずなのに、このときばかりは度肝をぬかれた。ニジェールで実施中の砂漠化対策のプロジェクトを、危なくなった北部からもっと南の安全な地域に移動させるべく、候補地選びの野外調査をしていたときのことである。前方から、巨大な土の山がこっちへ向かって迫ってきたのだ。写真でみるオーストラリアのエアーズロック、巨大な樹木の切り株を連想させるあの岩山、あれがこっちへ迫ってきたのだ。

あっというまに茶色の壁が目前にまで来た。にわかに風が吹き始めた。ものすごくほこり臭い泥の壁、茶色の壁に飲み込まれた。それはまさしく水のもつ重みこそないけれども、濁流に放り込まれた感じである。土ぼこりと強風で息もできず、目もあけられない。下手をすると風にあおられ飛ばされかねない。大慌てで、薄目をあけてさぐりながら、車の中に逃げ込む。外は、まっ昼間にもかかわらず、夕方のような暗さである。すぐ側にあった低木に向けてカメラのシャッターを押したら、自動のフラッシュが光った。

 そうして間もなく、天をとどろかす雷鳴と稲妻とともに、ザーッと噴水を逆さにしたような雨である。風は相変わらず吹き荒れて、木々が大きくねじられ揺れる。台風と全く同じ風と雨に稲妻、雷鳴が合わさる。車の中でただじっとして、外の自然の狂宴を半分びっくり、野次馬気分で眺めるしかない。時間の感覚がないのだが、ものの30分だったか、1時間ほど続いたか、急に雨が小ぶりになって、風がすっかりおさまると、あとはまた、カラッと初夏のいてつく陽射し。さっきのあれは何だったのだ。狐につままれた気分になる。

ニジェールで一度だけ遭遇したこの現象は、実は、この地域特有の雨の降り方の一部始終を、開幕前の序奏から始まって、役者の登場、泣き笑い、大団円からカーテンコール、木戸番の追い出しの声にいたるまで、ひとつもらさず目撃した、ただそれだけのことである。セネガルでも ニジェールでも、ここまで典型的な形で見える機会はそう多くはないけれども、熱帯収束帯で生まれる雨は、大なり小なり、こういう降り方をするのである。

積乱雲から落ちてくる大粒の雨は、ものすごい速度となる。その水滴の落下につられて、強力な下降気流が発生する。この下降気流はダウンバーストと呼ばれ、航空機など巻きこまれたら、ひとたまりもないことになる。ダウンバーストの周辺や内部では、空気の粒子がこすれ合いぶつかり合って、静電気が発生し雷となる。そうして、風は地面にぶつかって乱れ、土やほこりをまき上げる。やがて雨と一緒に台風並みに吹き荒れて、あちこちで木を倒す。電線を切断する。

セネガルでもニジェールでも、雨の季節には夜眠っていても、この土ぼこりで目がさめた。臭いぞ、雨だ、、、と、大急ぎで窓をしめる。昼間には、にわかに風が吹き始めて、地面におちた枯葉だとか、紙くずだとかがふわふわ漂い始めたら、次は泥の臭いになる。

実は、私は、無類のカミナリ好きである。あのとどろく音、あの閃光、夜は夜なり、昼は昼なり、あのパリパリパリ、ピシャ〜ン、、、咆哮し、のたうち回る龍の姿、、、日本に帰ってからもう久しくお目にかかっていないなあ。

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