ガンジ

ザルマ語は主としてニジェールの西部地域で使われている言葉である。

そのザルマ語圏で四年も暮らしたと言うのに、私の場合はもっぱらフランス語が中心で、こっちの方はからっきしなのであるが、それでも「ガンジ」という単語だけは知っている。実はこれに頭を痛めた経験があるからである。

サハラ砂漠とその周辺に存在する樹木の中に、ザルマ語で「バレ」と呼ばれる種類がある。これは学名をユーフォルビア・バルサミフェラと言い、多肉質の、木とも草とも、どっちとも言えるような植物で、大きくなっても高さは精々2メートル内外にしかならず、肉太の竹箒の先を地中に刺したように群生する性質をもっている。

薪にも食用にもならない、用途の乏しい木ではあるが、実は他の植物では真似の出来ない、非常に優れた特質を持っている。この木は挿し木が出来るのである。それも雨の一切降らない乾期の間に、切り取った枝を20センチほどの深さで地面にさしておけば、雨が降ると発芽して生長する。挿し木の出来るのは乾期。雨期だと腐って枯れてしまう。

砂丘固定や道路沿いの生け垣作りにもってこいのこの樹種を、私たちのプロジェクトが採用しない訳がない。植え付けも簡単、それに加えて農作業の少なくなる乾期の間に作業できる。早速普及に乗り出した。砂丘が動いて畑が埋没しかかっている場所や、家畜の通り道に沿って、挿し木のベルトを作るのである。

その時はひゅろひょろの枝が出ているだけであっても、2、3年も待っていれば立派に生け垣ができる。こんな楽な話はない。ところが、これがうまく行かない。片っ端から、いつの間に誰がやるのか、引き抜かれてしまうのである。

色々な意見が出た。村のガキが面白がっていたずらするのだ、遊牧民たちが自分たちの通り道を邪魔されるのを嫌がって抜くのだ、、、と。それも確かにあるかも知れない、だけどなあ、、、と、思いあぐねていた所に浮上したのが、「ガンジ」である。

「ガンジ」と言う単語には、「森、原野、未開の地」「森の精」と言う名詞の他に、もう一つ、「邪魔をする」と言う意味がある。アフリカはもともとがアニミズムの、多神教の世界である。国民のほとんどが一神教のイスラムの信者である現在でも、彼らの心の奥深くには、このアニミズムの精神が脈々と流れている。木々にはそれぞれ特有のガンジ(森の精)が宿り、それぞれに人間とかかわりあう。

聞いてみると、その地域では、バレはまさしくガンジそのもの、それも強力な力を持ったガンジであって、人を路頭に迷わせる恐ろしい植物であると、信じられていたのである。 自分が植えて味方につけたガンジならまだしも、他人の植えたバレのガンジほど恐ろしいものはない。夕暮れ時などわざわざ遠回りをしてでも、バレの近くは避けて通る。そうしないと一晩中、道に迷って村へも家へも帰り着けないことになる。これが地中に根を張って勢いづいたら寄りつけない。だからまだ力を発揮しない今の間に抜いてしまえとこうなるのだ。

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