若者たち二百人を使ってのユーカリ林の整備事業。ラマダンで全く仕事にならない日々が続いていた。私は計画の立案設計者ではあっても、直接の作業指揮は別人に任されていたために、ただ内心イライラするだけのいわば傍観者であった。
仕事は全くはかどらなくても、日数だけは過ぎていく。そうして間もなくラマダンが明ける、彼らが言うバリバリ仕事が出来るようになるその日が目前に迫って来た。
いつも通り現場から事務所に帰って、ムードがいつもと違うことに気が付いた。中庭に通常は見かけることのない顔が二、三十人ひとかたまりになって、所長室の方を見てはあれこれボソボソやっている。よく見ると例のユーカリ林の若者たちである。
所長室の扉が開いて所長のN氏が顔を出した。大声で若者たちを怒鳴り飛ばしたその後で、もう一度だけ話をするから五人だけ代表が入ってこいと叫んだ。私は一体何ごとなのかと、五人について中に入った。
一方的にN氏の罵声がなり響いた。それまで黙り込んでいた代表の一人がボソッと口を開いたその瞬間、N氏はデスクを飛び越すようにして、その若者の胸ぐらをつかむと、「出て行け、みんな出て行け。警察を呼ぶぞ」と喚いた。ドアが割れそうな音を立ててしまった。
若者たちを叩き出したその後もN氏の興奮はしばらくはおさまらない。デスクに両肘をついて一点を睨んだまま、わなわなと震えている。私には何が何やら分からない。「どうしたんだ、一体何があったんだ、落ち着けよ、冷静になれよ」と、それでもそこはN氏と私の仲である。
やっと落ち着きを取り戻したN氏の話はこうである。
「あのボケナスどもが、一体何と言って来たと思う。えー、何と言って来たと思う。
これまでラマダンの空腹と寝不足が原因で思い通りの仕事は一切出来なかった。しかしそれももう終わる。ラマダン明けの翌日からはバリバリ動けるようになる。動こうにも動けなかったこれまでと、バリバリやれるこれからと、給料が同じというのはおかしい。当然値上げをするべきだ。えー、あのボケナスどもは、こんなことを言って来たんだぞ」
後の話は省略する。「だから俺はこんな事業には頭から反対だったんだ」から始まって、「俺にもし給料の半年分の貯金があったら、こんな仕事なんか何時だって止めてやる。民間で働く方がはるかにましだ。こんな仕事はもうまっぴらだ」と、綿々と続く話は、何処の世界にもある勤め人の愚痴というもの。
所長室から外に出た時、既にあきらめがついたと見えて、若者たちの姿は無かった。
その後すぐに私には別の仕事が舞い込んで、ユーカリ林の整備からは離れてしまった。 なかなかに、やりなさるでしょ、お若いのも。
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