ラマダン(断食月)A

モロッコでパンの値上げをきっかけに全国的な大暴動が発生した。と言っても私が居た当時、十数年前のことである。国内各地で信号機が破壊され、通行する車両への投石や打ち壊しが行われた。私なども危うく難を逃れた口である。

ただでさえ失業者の多いこの国で、夜間の食事代が平常時の食費の何倍にもふくらむラマダン前の値上げとあっては、暴動にもなろうと言うものである。政府は、急遽、パンの値段をもとに戻し、その背景となっている失業者の問題を緩和する目的で、全国的に大規模な緊急対策事業を行うことを決定した。そうしてその一部が、私の所属する首都緑化事業所へも回って来た。暴動の主体となった十六才から二十一才までの若年の失業者二百名を、九十日間、臨時人夫として使えというのである。

私は所長の N氏の依頼を受けて、この延べ一万八千人に上る大量の若者たちを使用する緑地整備計画をたった三日で立案し、施工の監理を行うこととなった。詳細はここでは省略するけれども、市内にあるユーカリ林に、延長にして三キロほどの園路を設け、あちこちに広場を作る作業を、荒っぽい話ながら、全て人力で行うことにしたのである。

さあ始まった。私が林の中に入って測量し、図面にしたがって線引きした場所を、スコップやつるはしを持った二百名の若者たちが、てんでに落ち葉を取り除き土を掘る。直接の指揮は同僚のモロッコ人職員が行う。私はその職員に指示を与えるだけである。

時は夏。一週間もたたないうちにラマダンが始まった。イスラム暦の第九の月。イスラム教徒はこの一ヶ月間、日の出から日没まで一切飲みも食いもしない、唾さえも飲み込んではならないという月である。夏、断食、食い盛りの若者ばかり、スコップ持っての土掘り作業、とこう来れば、大体の察しは付くとしたものであろう。二百名が、あっちの木の下、こっちの木の陰、座り込んだりもたれたり。私が顔を出した時だけでも申し訳程度にでもスコップを動かしている者がいればまだましなくらいで、事業所の職員など全くおどしにもならない。それはそうだ。彼らだって空きっ腹に寝不足と来ている。

見るに見かねて、こんな調子で良いのかと聞くと、現場責任者のH氏は「今はラマダン中だから、仕方がない。しかし、もうすぐそれも終わる。そうしたらバリバリやるから、今しばらく辛抱して欲しい」と、そう答えた。若者たちも木陰にうずくまりながら、全く同じことを言う。そんなものかと納得した。私には二百人もの若者を敵に回してまで仕事を急がせなくてはならない義理は一切ない。

とにかく、私の職場のそれだけでも、ラマダン中の1ヶ月延べにして実働日数二十五日五千人。モロッコ国内全域で一体どれだけの人数になっただろうか。あれはまさしく壮大な無駄遣いでしかなかった。しかし、国を統治する者には、全国で壊される信号を初めとする諸々の施設や設備を考えるなら、厖大なこの浪費も、若者たちにただで飴を配る代わりに、少なくとも労働の厳しさを体験させたそれだけで十分所期の目的にかなっているとしたものだったのかも知れない。

為政者の考えることは私などの理解の範囲を超えている。

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