アイメイト バーベリーとの出会い
(3)私達は不法侵入者!

「バーベリー、今日は身体障害者の日の集いに行くからな。」毎年、12月の人権週間には、宿毛市身体障害者の日の集いが行われている。 昨年までは隣保館の職員と二人で参加していたが、今年からは彼女も参加した。「バーベリー、今日は福祉センターだ。会場ではしずかに頼むからな。」私達は、公用車で出かけた。彼女は、車内が狭いのか?落ち着かない様子で、頭を上げてため息ばかりついていた。会場は、いろいろな施設や学校・成人の身体障害者もたくさん来ていた。

私達は、中央より少し後ろに席をとるようにした。「バーベリー、チェアー・チェアー」 彼女は、はじめての会場のせいか、首を伸ばして場内の空気のにおいをかいだり、立ち止まって回りを見回していた。「チェアー」 バーベリーは、空席が少ないのにも関わらず上手に狭い通路を誘導してくれた。私は以前、空席のことでは人の膝の上に座ったことがあるため、大きく手を左右に動かして空席を確認した。 身体障害者の日の集いは、市長の挨拶のあと、芸能大会・講演会やコンサートと続く。彼女は、足元で退屈そうに自分の足をなめたり、驚いた用に急に立ち上がり真剣に舞台を見つめていた。第一部も無事に終わり、コンサートも華僑に入り、いよいよクライマックス!!。最後の曲が終わり拍手喝采。 「どうもありがとう。」 出演者の挨拶が聞こえてくると、会場内は水を打ったように静かだ。ところが、我が娘のバーベリーときたら、何が起ころうと関係ないと言う態度で、大きな鼾をかいていた。まるで、酒に酔ったおやじのようだ。 場内は、彼女の大きな鼾にくすくす笑い!。「今日は、動物も見に来てくれているようです。最後に、長渕つよしの乾杯をみなさんと一緒に・・・。」 私は、彼女の大鼾に冷や汗もの。 コンサートも終わり、会場内がざわついてきた。 「バーベリーお前、大きな鼾をかいていたなあ。おかげで、こっちは冷や汗をかいたぞ。よし、帰るとするか。」彼女は、まだ眠そうに歩き出した。出口近くの階段には、大勢の人が押しかけ身動きができない。彼女は、どうにか人混みをさけようとしていたが、なかなか進むことが一苦労だ。「バーベリー・no」 ハーネスの動きが止まったかと思えば、前の人のお尻を鼻先で押していた。「どうもすみません。バーベリー、ダメじゃないか。」・「no」数回同じことをくり返し、やっと外に出た。彼女も疲れたのか?前足をおもいっきり伸ばし、「ウーーン!」と、体を後ろに引っ張るような背伸びをした。そばで見ていた人が、「バーベリーも、だれとう(疲れた)ねえ」と笑った。「さあ、どうしょうか?」と隣保館の人が聞いた。「帰りは、バスで帰ろうか。」・「大丈夫廻?」・「前にも帰ったことがあるし、訓練にもなる事だし・・・。」私達は、バスセンターからバスに乗った。車内は、昼間のせいなのか?乗客は数人だった。「バーベリー、バスに乗る人も少なくなったもんだなあ。」 山田までは誰も降りる人はなく、あっと言う間に山だ橋に着いた。私は、運転手に路地の入り口の場所を聞いて降りた。ここの入り口は、以前何回も迷って、宿毛署の刑事に道案内をしてもらったことがある苦手な場所だ。 「バーベリー、ここからは真っ直ぐだ。 急いで帰ろうぜ。」彼女は、ちら理!と後ろを振り向き早足で歩き出した。バス停から我が家までは、約一キロメートルだ。私達は、冬の風を感じながら家路を急いだ。 「バーベリー、やっばり歩くと遠いなあ。」 家に着くまでには、数カ所の四つ角を通らなければならない。二つ目の橋のそばの角で、バーベリーが立ち止まっては、私の顔をくり返し見た。私は、いつもの調子で指示を出したが、左右に動くだけでいっこうに進んでくれない。何回指示しても、前には進まない。”おかしいなあ、ここは登りの四つ角の当たりだと思うんだが・・。’

私は、もう一度「go」と命令した。するとバーベリーは、何を思ったのか?左サイドの堤防の斜面を上がり始めた。「バーベリー、no」 彼女は、聞く耳を持たずぐいぐい引っ張った。私の方が力負けし、坂を登りきり広場に出た。”あれ、ちょっとようすが違うぞ’彼女は、私の顔を見て次の指示を待っていた。”おかしいなあ、風の感じが違うぞ’私は、自分がどっちを向いているのか解らなくなっていた。”とにかく、端に寄ろう’「バーベリー、寄って・寄って」膝までの草がはえている道に出た。私は、足先で道路を探りながら進めたが、いっこうに位置がつかめない。”もう、角は過ぎているのだろうか?角らしき者はなさそうだけど・・・。’

私達は、しばらくようすを見ることにして、誰かが通ることを祈りながら待った。いつものことで、待つときに限り何もこないものだ。 「よし、とにかく行こう。バーベリー、go」 私達が歩き始めると同時に、壁のような者から油のにおいがしてきた。彼女は、その周りを半周して道路に出た。少しずつそばに寄って確かめてみると、そこには大きな工事用のトラックが道全体をふさぎ、 周りが掘り起こされていた。「バーベリー、どうも工事中らしいなあ。」後になって解ったことだが、そこは、橋のかけ替えのため通行止めになっていた。私達は、不法侵入者だった。 待てどくらせど、誰も通らないわけだ。「さあ、帰るとするか」私達は、疑いもなく真っ直ぐ歩いた。百メートルくらい歩いても、いっこうにいぬの泣き声がしない。”もうそろそろ、犬が吠えるんだがなあ。今日はおとなしいぞ。 おかしいなあ。 ’「バーベリー、今日は、犬がおらんようだ。助かったなあ。 」 ”それにしても、何となくようすが違うぞ。 ’ 「バーベリー、どうも通りをまちがえたようだ。 」まあ、行けるところまで行こう。私達は、わけが解らなくなり、ただ前へ・前へと歩いた。少し歩くと、通ったことのない路地に入った。周りには民家のような物が立っていた。立ち止まって状態を確かめると、遠くの方からは大工仕事の音が聞こえ、そばでは、鳥の泣き声がした。「バーベリー、どうもここは小島のようだ。人の声のする方に行くからな。 」 ”ここは、狭い道だなあ。 車がすれ違えるんだろうか? ’ 彼女は、何度も路地の入り口で止まったが、前の方へと指示した。 とにかく、誰かに道を聞かなければならない。まずは、人に会うことだ。 ”それにしても、家は建っているようだが、人の気配はないなあ。’ 私達は、奥の方へ入ってしまった。 「バーベリー、もう一度引き返そうか?」あきらめて帰ろうとしていたら、どこからか? 水を使う音が聞こえてきた。 「バーベリー、やっと人がおったぞ。」 私達は、耳を澄ませながら水の音がする方に行った。そこは、少し木陰になっており、家の中で誰かが水仕事をしていた。 「すみません。」 返事はなかった。私は、できるだけ窓に近づき大声で、「すみません、ちょっと道を教えてください。 」 声が届いたのか?家の人は水仕事をやめ、エプロンで手を拭きながら出てきて、「なんじゃろか?」と言った。私は、一度も会ったことはなかったが、この時”この人は、留子さんでは・・・・。 ’と思った。 「忙しい時にすみません。 手代岡まで帰りたいがですが、ここはどこでしょうか?」・「ここは小島じゃけんど、あんた手代岡は全然へち(逆方向)ぜ。 」・「ここからも、帰れるがじゃないろうか?」・「帰れんこたあないけんど、口で言う言うたちねえ。手代岡へ行きよるがかい?」女の人は、どうして説明すれば・・・と、迷っているようだ。「あんた、よいよきれいな目をしちょるに、ひとっつも見えんがかい?」・「今は、もうひとっつも見えんがよ。 」女の人は、バーベリーをのぞき込むようにして、「これが、盲導犬かい?よいよ賢い犬言うけんねえ。」・「盲動犬は賢い犬やけんど、田舎の道は真っ直ぐな道が少ないけん、難しいがよ。 」・「けんど、あんたはえらいねえ。 ひとっつも見えんに、どこへでも歩いて行くけん。手代岡は何処ぜ? 」 ”やっぱり、きたなあ ’と思った。 田舎の人は、必ず聞くものだ。

私は、以前から母たちに、留子さんのことは聞いて知っていた。一度も会ったことがなかったが、間違いないと確信した。「手代岡は、山戸品江んちよ。」女の人は、どう思ったか解らないが、「品江さんにときどき話は聞くけんど、あんたがその人かい?まあ、えらいねえ。おばちゃんらあも、感心しよるぜ」と言った。私は、思い切って聞いてみた。「おばちゃん、ひょっとして留子さんかい?」・そうそう、留子よ。 品江さんが話しよっつろ? 」・ウン、ばあちゃんから、ときどき聞いたことがあるけん、そうじゃあないろうかと思うて・・・。 」 

なかなか話が終わりそうにない。バーベリーは、ふせたまま”話はまだかなあ・早く帰りたいなあ。’と言うように、私のスニーカーを、二度三度鼻先で突っついた。「バーベリー、解った・解った。」私は、彼女を立たせて「手代岡の近道はここからやろうか? 」と、前の方を指で示した。留子さんは、腕をつかんで「おばちゃんが、手代岡の住宅の入り口まで連れっちゃるけん。 」と言いながら早足で歩き出した。「だあいや、あんたが品江さんくの人じゃったがかえ? お母さんも、なかなか偉い言うて感心しよったぜ。 」私達は、初めて会ったにも関わらず、いろいろな世間話をした。それにしても、世間は本当に狭いものだなあ。留子さんは、人なつっこいのか?以前からの知り合いのように感じた。ここが、田舎の良いところかもしれないなあ。

手代岡までは、思っていたより遠かった。「ここが、下の住宅の入り口やけん。ここから真っ直ぐ行って左に曲がるがぜ、右に曲がったら横瀬になるけん気をつけたよ。」と言った。「どうも・どうも、ここからは解るけん・ありがとう。 」と言って、私は頭を下げた。 「バーベリー、やれやれだな。」 私達は、我が家めざして歩いた。「バーベリー、ここが横瀬との分かれ道だ。 左に曲がるからな。 」 ここまで帰ってくればおてのもの。我が家の庭のようなものだ。”それにしても、道を聞いた人が留子さんだったとはなあ。’

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