アイメイト バーベリーとの出会い
(21)新たな旅立ち!

バーベリーとの、訓練も終わりに近づいた。彼女は、いつもたんたんとしていたが、重い砂ぶくろのように、そう簡単には動いてくれなかった。考えてみれば、無理のないことだ。アイメイトになる犬は、短期間に主人が何度も変わる。繁殖奉仕者・飼育奉仕者・訓練士・そして、一生をともに暮らすパートナーの視覚障害者が主人となる。私で、4人めだ。

訓練が進むにつれ、きびしさのあまり、”えらい所に来たなあ・こんなに苦労をしてまで・・・。’などと、いやなことばかりを考え、訓練に集中できないこともあった。この年になるまで、団体生活の経験はなく、「いつも、見られている!」ような気がして・・・。すべてのことに緊張し、いらいらのしどうしだった。自由時間の会話は、それなりに、とても楽しかったが、自分の「無力!」を、思い知ったのも確かだ。彼女たちは、高等な教育・すべての訓練を長い間受けており、確かな自信をもっていた。それに比べて、私は、視覚障害者に関する訓練は、何ひとつ受けていない。白杖一本で歩いたこともほとんどないし、点字の訓練・その他、自立のための生活訓練など、すべてが「自己流」だ。田舎では、感じたことのない「緊張とプレッシャーの固まり!」だった。

この時、初めて、人は「自分の立場にあった教育が必要」だと、つくずく思った。能力にあった教育は、やっぱり大事だ。 すべての教育・訓練を受けている彼女たちは、どこか輝きがちがっていた。 障害者が自立して生きていくためには、それなりの努力をしなければならない。緊張の連続で、楽しむ余裕などなかったが、彼女たちに出合えたことは、これからの、私の「大きなちから!」になってくれるはずだ。

銀座コースのテストも終わり、今日はどんなことをするのか?と思っていたら、「みなさん、ワンツーと服従訓練をすませて、部屋でまっていてください。」私達は、「今日も、訓練があるのかなあ?」などと、がっかりした。銀座コースが「卒業試験」と聞いていたが、まだ何かがありそうだ。私は、いろいろなことを想像しながら休んでいたら、 「みなさん、今日は、車であるところへ出かけます。車を出しますので、玄関でまっていてください。」 訓練期間は、まだ2日残っていた。”もしかして、またテストでも・・・・・。’車は、10分ほど走り、大きな建物の横につけられた。今日は、あいにくの雨になっており、私達は、合羽を着て外に出た。

「ここは、とある地点です。 進行方向は、左に大通りがあります。 いくつも通りがありますので、よく音を聞いてください。進行方向の右が北になります。西方向の交差点を4カ所わたり、次の交差点をみなみに折れ、突き当たりを東に向かい、7本めと8本めの交差点のあいだに歩道橋があります。その橋をわたって、西に進めばゴールです。」”今までにない説明だなあ’ これまでに、方角を言われたことはない。「みなさん、ある意味では、これが本当の卒業試験になります。このような説明が理解できれば、これから先、人に道を尋ねるときにも、一度聞いただけで地図が解るようになります。」”なるほどなあ’

「雨足が強くなりそうです。みなさん、次つぎ出発してください。 」頼りになることは、大通りと歩道橋だ。「それでは、山とさんスタートしてください。」 ”バーベリー、最後の訓練だ、 しっかり頼んだぞ。’私は、まず、自分の向いている1を確認した。 ”バーベリー、進む方向が解ったぞ。’地図を頭の中で確認し、西に向かって歩き出した。 ”ここは、それ程複雑なコースではないな’私達は、迷うことなく歩いたが、雨がますますひどくなってきた。”バーベリー、大丈夫か? 寒くなってきたなあ’ひしめき合う車の水しぶきが、横殴りの雨に混じって、手や顔に矢のように刺さる。私達は、東に向かって歩き続けていたが、ぬけるような雨で進むことが一苦労になってきた。私は、雨宿りをしようと、人の声のする方にバーベリーを進めた。そこは、小さなひさしのようなものがあり、大勢の人でごった替えしていた。帽子についた雨が、背中の中へ入ってくる。バーベリーも、搾るようになっていた。通り雨だったのか?2・3分ほどで、急に小振りになった。 私は、少し頭を上げてそらを確かめていたら、上の方がやけに うるさい。”あれ、もしかして・・・・・。 まさか?’そう、うれしいことに、私達が雨宿りしていたところは、歩道橋の下だった。”バーベリー、もうけた・もうけたぞ’ 私達は、知らず・しらずのうちに、歩道橋まで来ていた。バーベリーに、橋の上がり口をさがさせ、るんるん気分でわたっていたら、濡れていた階段で足をとられ、尻餅をつき、そのまま下の端まですべり落ちた。私は、はずかしさと痛さで・・・・。バーベリーは、突然のアクシデントにとまどっていた。私は、泣き笑いをしながら歩いた。

”ゴールまでは、どのくらいあるんだろうか?’ とにかく、西に進むしかない。左手に大通りがあるのを確かめ、泥濘に足をとられないように気をつけた。そして、ひたすらゴールめざして歩き続けた。”バーベリー、もう少しのしんぼうだから菜。 ゴールしたら、真っ先にお前をふいてやるからな’数分歩いたところで、「お帰りなさい!」の声が聞こえ、すべての歩行訓練は終わった。さて、いよいよ卒業か?私達は、協会に帰り、アイメイトに食事をさせ、自分たちも着替えをし、合格発表を今か・いまかと、耳を澄ませてまった。自分では、合格できることを確信していたが、果たして!、理事長さんの目には、どう写っているのか? 合格証書を手にするまでは、まだまだ、ゆだんは禁物。

”それにしても、何かをまつのは長いものだなあ’ 帰ってきてから、もう、何時間も過ぎたような気がする。 ”もしかして、もめているのでは・・・・。’「山戸さん、理事長がおよびです。 食堂の方へおりてください。」 ”運命を、天に任すしかない’私は、なに食わぬ顔をして、食堂のドアーをたたいた。「このイスに座ってください。」私は、うつむいたまま判決をまった。しばらくして、理事長さんが、「山戸さん、合格です。おめでとう!若い人に混じって、よく頑張りましたね。 関心しました。」 「ありがとうございます。」「はじめは、年の差を心配していました。 ハードスケジュールをよくこなしましたね。なんのトラブルもなく、順調なクラスで、職員一同ほっと!しています。 宿毛では、初めてのアイメイトです。基本 を守り、社会の中で活躍してください。」 私は、何も言えなくなり、熱いものがこみ上げてきた。 他の指導員も、声をかけてくれ、”あー、これで、すべてが終わったんだなあ’と思った。理事長さんをはじめ、指導員達は、「視覚障害者として、何も訓練を受けていない田舎のおばさんが、若い者についていけるだろうか?」と、心配していたにちがいない。自分自身も、そう思っていた。私達のクラスは、トラブル事 もなく、全員が合格した。「みなさん、訓練機関は、まだ残っていますが、1日でも早く帰りたいのではないかと思い、この後、卒業式をします。時間になるまで、指導員の指示で、いろいろな準備をしてください。」 合格が決まれば、山のような仕事がある。まずは、ドックフードの注文。 その他にも、ハーネスに反射ラベルを張ったり、登録ナンバーの取り付け・それに、何かと手続きも複雑だ。ここまでくれば、忙しさも、何となく楽しい。 私達は、夢中になり、すべての手続きを終了した。

「ただいまから、卒業式を行います。みなさん、席に着いてください。」私達は、正式に「アイメイト」になったパートナーとともに、席についた。「みなさん、おめでとうございます。 一人のリタイアもなく、スムーズに訓練を終了することができました。 クラスで学んだことを忘れず、社会の中で頑張ってください。」理事長さんの祝辞の後、クラスメイト一人ひとりが、4週間の合宿生活の感想と、これからの希望を述べた。私は、「後悔したこと・緊張の連続だったこと」など、正直に話した。そして、最後に「やればできる!」と、確信したことをつけ加えた。

「バーベリー、本当にありがとう。 今日、このひがあるのは、すべてお前のおかげだ。田舎に帰っても、よろしく頼むからな。」 私達は、最後の夜をむかえた。 目が覚めると、昨日の雨がうそのようだ。 ぬけるような青い空。私とバーベリーの、「新たな旅立ち!!」  1998年5月10日。

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