アイメイト バーベリーとの出会い
(18)私の通信簿!

私は、二週間が過ぎたころ、「なかなか、難しくて自信がない。」と、理事長さんに言ったことがあった。すると、理事長さんは、中橋さんに、私のレポートを持ってこさせ、それを見ながら、「山戸さん、だいぶん良くなってきていますよ。信号の判断は、誰よりも性格ですし、状況判断も良くなってきているじゃあありませんか。決して、悪い成績ではありませんよ。よくできています。この調子だと、全然心配はいりません。」と言われた。私は、理事長さんの答えに驚いた。なんと、こと細かく、レポートしているではありませんか。理事長さんに、報告するのは当たり前だが、それにしても、これほど詳しく・・・。

私は、吉祥寺のテストコースを、夕方歩くことになった。今まで、何度も歩いていたが、くらくなっての歩行は初めての経験。**「どうせ、何も見えないのだからいつでも同じこと。」と、言われがちだが、そんなに、単純なものではない。視覚障害者の一人歩きは、職人が、自分の仕事にすべてを懸けるように、見えない者の歩行も、いつも命がけだ。一歩まちがえば、とり返しのつかない大事故につながる。

単に、「どうせ、見えないから、いつ歩いても同じ。」と言うわけにはいかない。あらゆる状況に神経を使い、見えない故に、「いつも真剣勝負」「どうせ、夜昼いっしょだから、電気料がもったいない・・・。」と言って、伝記をきられたことがある。この事は、単に、視覚障害者の事だけにとどまらない。

「どうせ、聞こえないから・・・どうせ、理解できないんだから・・・・。」と考えてしまうことになる。「聞こえないから、何を言ってもいい。」・「理解できないんだから、どんなことをしてもいい。」ことにもなる。こんな、ばかげた話はない。くらくなれば、伝記をつけるものだ。確かに、その明かりの下で、何かを見ることはできないが、気分的に違う。**

私は、自信がないままに出発した。このコースは、以前から、何となくしっくりこない上に、帰りのラッシュにかかり、昼間とは、比べものにならないほどざわついていた。”これは、まいったなあ。今までとは、ぜんぜんちがうぞ。’

信号のない交差点などは、車の量が多すぎて、正確な位置が解らない。交差点の中では、クラクションが鳴り響き、耳をさくような急ブレーキの音が・・・。まだ、半分も来ていないというのに、わけが解らなくなってしまっていた。”一体、何本の交差点を通ったのか?今、どこを歩いているのか?’私は、楽しそうに、家路を急ぐ人がうらやましく、今の自分が、情けなくなった。”何で、こんな思いまでして・・・。’と、後悔した。まだまだ、吉祥寺駅は遠い。

”バーベリー、本当に頼んだぞ。’私は、バーベリーのほかには、何も、頼れる者はなかった。何度か通行人に聞き、やっとの思いで駅に着いた。駅の中は、帰りを急ぐ人であふれ、身動きがとれない。バーベリーは、何とかして人混みをさけようとしていたが、そう簡単なことではなかった。人に押され、自分の方向がつかめず、気が気ではない。広い商店街では、通行人も乱雑に歩き、流れもばらばらで、進行方向が解らなくなってきた。もうこうなれば、自分を信じるしかない。私は、バーベリーを、左サイドぎりぎりにつかせ、商店街の音楽や、レストランなどのにおいを思い出して、やっとの思いで、商店街を通りぬけた。バーベリーも疲れたのか?足どりが遅くなっていた。

ワンツー寺を過ぎ、駅前どうりの信号で、大失敗!!。あせっていたのか?疑いもなく、「ストレート!」の指示を出してしまい、とんでもない通りに入ってしまった。この通りは、今までの訓練でも、一度も通ったことがない。”おちつけ・落ちつけ’しばらく、車の流れを聞いて考えた。単純に考えれば解ることも、なかなか、状況がつかめない。”こんな調子で、帰り着けるかなあ?’どれだけの時間が過ぎたか?ふと!良い考えが浮かんできた。落ち着いて考えてみれば、大したまちがいではなかったことに気がついた。右の交差点をわたるのを、目の前の交差点をわたっただけで・・・。”なんだ、そう言うことだったのか・・・。’「バーベリー、よし解ったぞ。」私たちは、何とか、折り返し地点を通過した。

”よし、これからは、難しいコースではない’と、自分に言い聞かせた。コースそのものは難しいことはないが、車のライトが、目の中に飛び込んで来るようで恐い。私は、ただ、帰り着くことばかりを気にしていた。このコースは、思いがけない経験ばかりで、不安!が先にたっていた。「お帰りなさい。道順のことが気になり、バーベリーのことを、あまりほめなかったのじゃないのかな?バーベリーが、しょんぼり!していますよ。」まさに、ズボシだった。私は、「いえ、そんなことはありません。」と言って、その場を切り抜けたが、心の中まで、よみとられていた。

私は、夜のコースは初めてで、車のライトが目の中に飛び込んで来るような気がして、恐怖!で、バーベリーを、ほめる余裕などなかった。ただ、迷わずに、帰ってくることだけを考えていた。本職とは言え、生徒を見る目は洗練されていた。

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