アイメイト バーベリーとの出会い
(12)さいは、投げられた!

中橋さんの声に見送られ、私達は出発した。青梅街道までは、何のトラブルもなく順調。"バーベリー、よし・よし、この調子で頼んだぞ' 交差点も、スムーズにクリアー。私は、このコースに、恐怖をもっていた事など、すっかり忘れ快調にとばした。とたん!!目の前で、突然、遮断機のおりる音がした。"あれ、まさか?'そう、私達は、調子に乗り、気がつかないうちに、ふみ切りの所まで来ていた。私達は、停止線ぎりぎりに止まっており、目の前を、電車が通り過ぎた。"ふみ切りの外で良かった' 遮断機が上がると同時に、車が、一斉にふみ切り目ざして流れ込み、左サイドに押され、立ちすくんでまごまごしていると、また、かねが鳴り遮断機がおりた。くるまはピタリと止まり、また、あの怪物が通り過ぎた。

いままでの訓練で、ふみ切りの幅は解っている。もたもたしていては、同じ事の繰り返し。私は、バーベリーをめいいっぱい左につけ、遮断機が上がると同時に、「ストレート!」の指示を出し、一気に駆け抜けようとあせった。あせればあせるほど、ろくなことがない。線路の間に足が挟まり、前のめりにころび、その反動で靴が脱げてしまった。手を伸ばして線路の中を捜したが、なかなか見つからない。手の上を、車が通り過ぎていく感じがする。いくら捜しても靴はない。車は、せきを切ったように流れ、鼻をつく排気ガスと、巻き込まれそうな風圧で、みうごき一つ出来ない。私は、できるだけ手を伸ばして捜したが、どうしても見つからない。"本当にまいったなあ。このままでは、また、遮断機がおりてしまう'私は、なすすべもなく、立ち上がった。とたん!見かねたのか?偶然なのか?バーベリーが、グイッ!と引っ張り、鼻を、靴にこすりつけてくれた。"オー、これで助かった!'靴を手に持ったまま、恥も外聞もない。私達は、一気に、ふみ切りを駆け抜けた。いきつく間もなく、また、遮断機が下りた。"オー、命拾いした'背中に、冷たい物がはしり、足がふるえ、しばらくはその場へ立ちつくした。私は、 バーベリーを心ゆくまでほめ、気持ちを切り替え、次のふみ切りに向かった。

わずか、一つ向こうの通りだったが、ふみ切りに着いて見ると、やけに車の量が増え、トラックが多い。それもそのはず、帰りのラッシュにかかっていた。都会の道路は、一筋違えば、様子がまったくちがうことに驚いた。

ふみ切りは、何とかクリアーすることが出来たが、まだまだ、危険が待っていた。歩道のない道路に、トラックがいっぱい!いくら、犬を端に寄せても、すぐ真横を、車が駆け抜けて行く。左手は、ハーネスを握っているが、右手が、車に当たり、巻き込まれそうで恐い。その上、信号のない交差点も多く、何をどうすれば良いのか?解らない。立ち止まって考えることも出来ず、ただ、ひたすらつき進んだ。青梅街道をわたり終えた時は・・・。"これで、シメ・シメ、これからは、チョロイ・チョロイ'私達は、軽快に歩いた。とたん!バーベリーが、左にしゃくるように引っ張った。私は、何がおこったのか解らず、傾いた体を起こそうとしたら、目の前を、一台の車が通り過ぎた。私達は、路地で止まらず、通過しようとしていた。"バーベリーの方が、悪いと思うが、命拾いしたんだから・・・。こんな時は、叱ればいいのか?それとも・・・?'とにかく、私は、オーバーにほめた。

視覚障害者の歩行は、気をつけていても危険がいっぱい。 ときどき、小さな路地などは、そのまま通過することもある。犬に、頼りきっていては、いつまでたっても進歩はない。犬は、安全な所を通ることは出来るが、目的地までの地図を、すべて知っているわけではない。主人が、しっかり、自分の位置を確認し、歩行する事が重要になってくる。このことは、思ったよりなかなかむずかしい。緊張がさめないまま、私達は、協会に、どうにか辿り着いた。中橋さんの声を聞くと、一気に力が抜け、足元に崩れ落ちた。このコースは、よく工夫されており、いくつもの経験が出来るようになっている。その夜のミーティングは、もっぱら、コースの事でもちっきり。

中橋さんが、「あの、マコさんが、協会に着くなり、私に抱きつき泣き出したのには、本当に驚いた。」と、言うではありませんか。それを、聞いた私達も、またまた驚いた。マコさんと言えば、何事にも負けない、驚異的な精神力の持ち主。そんな彼女が、涙した!と言う。驚かずにはいられない。マコさんも、てれくさいのか?自分から理由を説明した。彼女の話によれば、ふみ切りをわたっている最中に、遮断機がおり始め、電車がすぐ近くまでせまり、犬が、突然止まってしまい、あせって、犬を抱えて引っ張りだしたそうだ。犬は、「キャン・キャン!」と泣き、自分自身も恐怖で・・・。五差路で、迷ってしまったクラスメイトもいれば、私のように、靴が抜けたりして、皆、それぞれに恐怖体験をした。

「皆さん、これから、次のコース説明をします。」 中橋さんの声に、私達は、深いため息をついた。「今度のコースは、テストはありませんが、とても大切なコースです。」と言って、説明を始めた。今度のコースは、それほど難しいことはないが、交差点の数が半端じゃない。「このコースは、協会を出て、タバコ屋の角を右に曲がり、バス通りを左に折れ、一本め・二本目が信号で、三本目・四本目・・・・11本目が女子大通りの信号で、12本目・13本目の信号をわたらずに、バス通りの交差点をわたり、突き当たってまた右に折れ、1本目・2本目が信号・・・・5本目・6本目の信号をわたり、次の、押しボタンの信号を右に折れ、クリーニングの角を曲がり、協会まで帰ってくるコースです。」 注意して歩けば、恐いコースではないが、交差点の、数の多さが不安! なぜか? すっきりこない武蔵野コース。

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