退屈で、退屈で、ならねえ

「和尚、あ、そ、ぼ」。
モロッコ当時、私のあだ名は「和尚(おしょう)」だった。出身の、と言っても中退した大学での専攻が仏教学だった関係で、このあだ名は私がモロッコへ着くより先に、すでに新任隊員紹介の名簿で知った先輩隊員たちによって命名されていたらしい。このあだ名、ボウズのおかげで、魚が釣れなかったなどとは言わない。
その釣り仲間のH隊員。私のアパートからバイクで5分とかからないご近所に住んでいた。ボロボロボロとバイクの音がすれば彼が来たとすぐ分かる。二階の窓から顔を出す。 「今日は忙しい。一人で石けりでもして遊んだらどうや。」
「そう言いなや。ちょっとでええから、上げてえな。わし、退屈で、退屈で、気が狂いそうなんや。」これがいつものことである。私の部屋は二階でも、入り口は一階になっていた。階段を下りて行ってドアを開ける。
「釣りに行こうにも海は白馬がはねてるしな。一人で家に坐ってたら、もう、ほんま、たまらんようになって来るんや。」
「陸釣りにでも行って来い。」
「陸釣りはもうあきた。わしに釣られる相手なんかもういてへん。」
「本でも読んだらどうや。」
「本という本全部読んだ。こないだはな、もう読もうにも読む本がないもんで、丸善の対数表まで読んだ。あれには参った。なんせ数字ばっかりやからな。」
「ええ本があるやないか。フランス語の辞典なら勉強にもなるやろ。」
「あかんねん。わし、フランス語だけはショウに合わん。あれだけはちょっと見ただけで、もう頭が痛うなってくるねん。」
「今日は遊ばん。」
「なあ、そう言わんと。もう、あんただけが頼りなんや。わし、このままやったら、ほんま、気が狂いそうなんや。なあ、頼むから、ジャンケンでもええから、わしと遊んで。」
「そうまで言われりゃ、仕方がない。ええか、一回だけやで。」
 まるで、落語の八さん熊さん。お互いそういう仲だった。
「ええか、三回続けて勝ったら1点。続けて勝たんと点はなし。どっちか先に10点取ったら勝負あり。そういうことでやって見るか。」
 お互いいい歳こいた大人である。それが向かい合って坐って、ジャンケンほい、アイコデしょ。自分が三回続けて勝ったら、左手の指を折る。そうして勝ちの数を数える。いい加減バカらしい話だ。
最初のうちは、しぶしぶ始めたジャンケン。ところがこれが、意外や意外。段々、熱がはいるのである。一回だけの勝負のはずが、もう一回やろうかとこうなる。しかし、これが、全く時間つぶしにはならない。意外なほどの短時間で、勝負がついてしまうのである。なにせ、ただのジャンケンなのだ。1秒間に何回出せるか。百回出しても三十秒かそこそこだ。何回かやった後、おかげですっきりしたと、彼は帰った。
 Hさんとは、モロッコ国内、レンタカーで走り回った。一緒に休暇を利用して、スペインやフランスへも行った。今はどうしているのだろうか。帰国して一度だけ高槻市で会った。その後、私は、セネガルで5年、ニジェールで4年。すっかり疎遠になってしまった。
 彼と遊んだ最高のケッサクは、そのうち時間ができたら書く。

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