砂漠化E

 うわっ、これはすごい、、、と、セネガルで野菜栽培指導をしていたある隊員がうなった。私がニジェールへ調査に行った際に写してきたトマト栽培の状況写真を見せた、その時のことである。「ニジェールではトマトにちゃんと支柱がしてある。」
 野菜栽培の基本の基本、初歩の初歩とも言うべきトマトの茎への添え木。それがセネガルでは彼が何度説明しても、やって見せても、一向に農民たちには浸透しないというのである。ましてや一杯ついた実の中から余分なものを取り除いてやる摘果など、その方が大きな実を得ることになって結果的には得になると、日本でなら庭の隅で小さな家庭菜園を楽しみにする主婦でさえ知り抜いていることを、何度教えてもできないし、やらない。
野菜栽培の隊員が少しでも農民たちの収入をふやそう、良い作物を作ろうとしてまずほとんど例外なしに取り組むことに、堆肥作りが上げられる。ミレットの茎や枯れ葉、草、何でも良い、穴を掘った中に入れて家畜の糞を加え水をかけて蒸しこむ。化成肥料とは違い、無料でできるその上に肥料効果も長持ちする。
しかし、これがうまくいかない。農民たちはデモンストレーションする隊員の姿を興味深く眺めはする。けれども、まず、ほとんどが失敗する。一向に定着はしない。
肥料だろうが支柱だろうが摘果だろうが、簡単かつ単純な改善・改良が可能な技術を伝えようと思ってもなかなか一筋縄ではいかない。一体どういうことなのだろう。
道具や機材も同じである。壊れたらまずそれっきり。高価な自動車などでさえ維持管理が伴わない。乗りっぱなし使いっぱなし。文明の利器の持つ便利さとそれを維持する人間の努力とがかみ合わない。たとえ政府の機関でも、一度故障でもしようものなら修理するわずかな費用を出せないために、放置され朽ち果てる援助機材が一体どれだけあることか。
 先進諸国の援助疲れが言われだしてから久しい。最先端の技術から適正と目されるレベルまであれこれ手をかえ品をかえてやってみても、いつまでたっても離陸しない、離陸できない、特に西アフリカ・サヘル地域の諸国には、ほとほとくたびれ果ててきたのだ。なぜこんなにもこの地域は先進諸国の援助や善意をテコにして生かすことができないのか。飢饉や災害などの緊急時は別として、もう援助などやめてしまえ、その方がお互いのためだ、そういう意見だってある。
 プロジェクトの期間中、何とかして森林局の技術者たちや農民たちに、少しでも技術の移転ができるようにと、チームメートの隊員たちと工夫に工夫を重ねたつもりである。
 しかし、その反面では、プロジェクトが終わったらその瞬間から、私たちの苗畑も事務所も囲いの金網さえも壊され奪われて、見る影もない廃墟にされかねないそんな不安がいつでもつきまとっていた。だから、私たちのいる間だけでも、精一杯の苗木を配り植えて植えて、踊り狂ってみせるしかないとも思った。一本でも多くの樹木が残せるようにと。
 ニジェールのトマト栽培の写真は、日本が掘削した自噴式の深井戸の傍、農民たちの共同菜園で撮影した。サハラを中心とするこの地域には、大昔降った雨が膨大な量の地下水としてとじ込められているという。地下千メートル余り。ボーリングしてやれば、水はひとりでに噴き出す。ニジェールの国内で何ヵ所かそれを見た。いずれも日本の援助によるものだと聞いた。サヘル地域の諸国には自力で開発するだけの力はない。地下に眠る命の源、宝の糧も今の彼らの力ではどうすることもできないのだ。
 トマトに支柱をする彼らは首都ニアメ市の商人と専売の契約を結んでいた。垂れ流しにするその水を勿体ないと私は思った。サハラの入り口ともいうその場所に、池になってたまっていた。あの深井戸が今もまだ噴き出しているのか、それだけが気にかかる。

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