立ち枯れの木

さあ、今日は京子の結婚式だ。久しぶりに思いっきりおしゃれをするか。21歳で結婚した私は子育て真っ最中で、もう何年も自分のためにおしゃれをしたことがなかった。私は洋服ダンスの中から、一番お気に入りのスーツを出し鏡の前に立った。 ところがどういうわけか、いくら目をこらしてみても自分の姿をはっきり捕えることができない。{あれ、おかしいな、この鏡台は数日前にふいたばかりなのに・・・。}私は不思議に思いながら、そばにあったティッシュを数枚取り出し鏡をていねいに拭いた。そしてもう一度、少し離れて鏡の前に立ってみたが、やっぱり自分がはっきり見えない。いくら角度を変えても結果は同じことだ。そこには、うすぼんやりと見える自分がいるだけ。まっまさか、・・・。そんなひどいことがあるわけがない。昨日まではきちんと見えていたじゃないか。

私の鼓動は一気に高なり、身も心もそのまま凍りついた。それは、鏡がほこっていたのではなく、我の瞳の中の鏡が壊れかけていたのだった。先天性の網膜症だった私の目は、知らず、しらずのうちに少しずつ悪くなっていたのだった。これほど恐ろしいことが、他にあるのだろうか。いつか見えなくなるのだと覚悟はしていたが、あまりにも突然の出来ことでどうすれば良いのか分からない。普段は洗面台や手鏡で顔だけを見ていた私は、自分はまだ大丈夫だと信じていた。

今日は親友京子の結婚式、私は悪夢から逃げるように身支度を整え、急いで家を出た。そこは幸せいっぱいの彼女達、そして、あちこちから聞こえてくる楽しそうな笑い声も今の私を知っているかのようだった。その場にいながら私は、嵐のあとの濁流にすっぽり飲み込まれたようで、からだはもちろん指先一つ動かせなかった。私は、「これはつかの間の悪夢だ、子育てで疲れているんだ・・・。」と自分に言い聞かせた。それでもどうすれば良いのか分からず、誰にも話すことができないまま数ヶ月がすぎた。それからは、まるで学生時代の視力検査の前のように、「隣の家がまだ見えるだろうか、庭先のコスモスは・・・。」と不安ばかりが先に立ち、毎日朝の来るのが恐かった。

それからの私は、自分の目が悪くなったのを知られるのが悔しくて、いつも背伸びばかりしていた。それでも悲しい現実は、全速力で迫ってきた。いつも見てきた目の前の風景画、昨日も1つ、今日もまた1つ・・・と私の目の前からなくなり心の思い出に変わって行く。そして目の前からこどもの顔が完全に消えた時、これは本当なんだと実感した。まだ、2人のこども達は小学生で、私には、この悲しい現実を話すことができなかった。まだ、気がついていない家族にも言い出せないまま、私は、わざとはしゃいで見せた。

あの日からずっと何もなかったようにしていたつもりが、ある日突然ピアノに頭をぶつけた時、あーそうだ、うちにもピアノがあったんだ・・・と、忘れていたように気がついた。いつもはしゃいでいた私は、大きな森で立ち枯れしている木のように、ただ回りに支えられて立っている脱け殻そのものだった。そうだ、わが家にはテレビも冷蔵庫もあったんじゃないか。それに、私には夫も可愛い子ども達もいるんだ・・・。

だがそう思えばおもうほど、何も見えない私に一体何ができるのだろうか。今夜も、また眠れないままに、ふと空を見た。そこは、これからの私の人生そのもののように、星一つ見えない真っ暗な空だった。ベッドサイドノラジオでは、交通事故で歩けなくなった男の人がゲストに来ていた。それほど興味もないままに聞いていたら、「私二回赤ちゃんしているんですよ・・・。長い人生ではありませんか、ゆっくり行きましょうよ。」と言うのが聞こえてきた。えっ、2回赤ちゃんしてるって?。私はしばらく、キツネにつままれたような気持ちだったが、そうか、そうか、また赤ちゃんになったと思えばよいんだなあ・・・。それなら、今の私にもできそうだ。

今までの例えようのない恐怖が、葉っぱについた朝のしずくのようにぐるっと大きく回りすっと落ちた。赤ちゃんなら何もできないことが当たり前で、何も恥かしいことではない。これからはあせることなく、一歩ずつ進んで行けば良いんだ。これからの我が人生に自らエールを贈った。

よし、まずは読み書きができるようになろう。さあ、明日からは点字の猛特訓だ。点字が少しずつ分るようになった私は、人はガラス玉のようにもろく、石のように強いものだなあと気がついた。そして考え方一つで、人生感が変ることを実感した。それからの私の人生は、最初は読み書きをするための点字、次はパソコンができるようになり、3歩めにはすばらしい盲導犬バーベリーとの出会い。そして、ようやく社会の中に4歩目をふみ出した。そこは、パソコン関係の総合窓口で、障害をもつ者の就労をサポートしている。私はいつでも、パソコンを使ってバリバリと仕事をしたいと思っているわけではないが、こうして社会に参加することにより、1人の大人として自然で、少しでも豊かな心で暮せたらと願っている。

10年かかってやっと4歩だが、これからの私のささいな夢はパソコンで曲を書いたり作ったり、そして、パートナーのバーベリーとスイスのアルプスに登ることだ。私はまだまだ40代。彼の言葉じゃないが、「長い人生じゃありませんか、ゆっくりその時を楽しみながら生きて行こう!!。」

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