収穫の終わった田圃には赤トンボが羽を休め、気のはやいコスモスが季節の変わり目を教えてく
れる。バーベリーとの暮らしも、はやくも数カ月が過ぎた。盲導犬歩行のむずかしさは変わらないが、
気分的にはずいぶんなれた。盲導犬を使用して一番うれしく思うことは、自分が好きな時間に外出
ができること。今までは人に頼るしかなく、気を使うことも多かったが、今では、近くの用事はほとん
ど自分ですますことができる。これは、本当にうれしいことだ。 わずか数カ月前には、想像もできな
かった。大好きなビールも人の都合を心配しないで買うことができるし、毎日の買い物も楽になった。
その上、いろいろな支払い・婦人部の会・地区の集まり・その他にも、郵便局に行ったり・地域での
生活に彼女が大活躍。今まで、人の都合ばかりを気にし、頼みたいことの半分もお願いできなかっ
たことを思えば、今は「夢のよう!」だ。正眼者にとっては小さなことだが、私にすれば、地域の中だ
けでも自由に動けることがやっぱりうれしい。
「バーベリーのおかげ」だと感謝している。その上、地区の人もみんなで協力してくれ「心丈夫!」
だ。 最近では、彼女も家族の一員として生活に参加しているが、田舎の道は難しく、いまだに迷う
ことも多く、目的地に着くことが一苦労。盲導犬のコントロールは本当に難しく、「ペットとは違う!」
と言うことは解っているが、ついついあまやかしてしまう。バーベリーも、その味をしめておりきげん
をとるようになった。仕事中でも散歩気分になり、好きな所を歩くようになってきた。コントロールがあ
まくなったのか? 言うことを聞いてくれない。まるで、「我が大将!」と思っているようだ。これでは、
安全な歩行はできない。「家の中にいるときだけでも・・・・。」と、自由にさせていたことで、わがまま
が出てきた。親しくなればなったで、細かいことはついつい許してしまい、きびしさがゆるんできた。
もうこうなっては、協会に相談するしかない。私は、バーベリーの状態を正直に話した。すると、「コ
ントロールがあまくなり、わがままほうだいになっていますね。 ・・・・・・ 山戸さんの力では無理で
す。 協会の方から、訓練士が出向きます」と言う答えが帰ってきた。”東京から、来てもらうのは
気が引けるなあ’と思ったが、再訓練を頼むしかない。まちがいがあってからではどうしようもない。
”なかなか、上手いこといかないものだなあ’ 少しずつ分かり合えたと思えば、わがままが出てし
まうし・・・。 理事長さんが言っていたように、1年くらいたたないとスムーズに歩けそうにない。三原村でも盲動
犬が活躍しているが、やはり、1年くらいは思うようにいかなかったようだ。知らないところで、見えな
いものとの歩行は、バーベリーにとっても大仕事だ。田舎では、野良犬や放し飼いの犬・道ばたに
は犬や猫の糞など、誘惑も多い。その上、バーベリーは広いところが苦手で、学校の校庭に迷い込
んでいったときには本当に困った。 その日は、いつものコースとはちがうところを通り、国道沿いの
スーパーまでいく途中、車道の橋には畑のようなものがあり、舗装をしていない歩道かと思い、少し
ずつ・すこしずつ左に入ってしまい、気がついた時には、車はずっと右側を走っていた。「バーベリー、
ここは歩道とはちがうみたいだ。」私達は、歩きながら少しずつ車道に近づいたが、急に道が下りは
じめ、狭い路地に入ってしまった。
”おかしいなあ、また車道から離れてしまったようだ’しばらく、ようすを見ていたが、やっぱりどこか
ちがう。 ”まあ、いいか? 行けるとこまで行こう ’ 私達は、知らない道をゆっくり・ゆっくり確かめ
ながら進んだ。 5・6分歩いたと思えば、大きな広場のような所に出た。そこは、足元も悪いし、ひ
ざまでの草があちこちにはえていた。「バーベリー、変な所に来たなあ。出口が解らないぞ。」私は、
何度もコーナーの指示を出したが、その辺を回るだけでなかなか見つからない。
ぐるぐる同じ所を回ってしまい、自分がどっちを向いているのか解らなくなってしまった。引き返す
にも、来た道さえ解らない。私達は、あてもなく足元を確かめながら進んだ。 バーベリーは、くたび
れたのか? そのまま座りこんだ。”まいったなあ’ 近くに人の気配はない。 私も、バーベリーと
並んで座った。 10分くらいたっただろうか?突然時間を告げるチャイムが鳴り、子供立ちの元気
な声が聞こえてきた。
「バーベリー、ここは小学校の校庭の端の方らしいぞ。 声のする方に行くからな。」バーベリーは、
急に立ち上がりしっぽを忙しくふりはじめた。すると、大勢の子供達がかけてきた。バーベリーは、
ちぎれるほどしっぽをふった。彼女なりの歓迎だ。「あっ! 盲導犬だ。 はよう・はよう、盲導犬が
きちょるけん。」4年生くらいの女の子が、手を回しながら友達を呼び寄せた。あっという間に、山の
ように子供達が集まってきた。「おばちゃん、この犬バーベリーやろ?ぼく、見たことあるけん知っち
ょるもん。」男の子は、自慢げに言った。「おばちゃん達は、ナゴまで行きたいがやけんど、道路に
出る階段はどこかねえ。」「校門は、あっち。」と、男の子は指をさして教えてくれた。「あっち言うて
も、おばちゃんは目が見えんけんわからんがよ。 右の方かい?」「そしたら、つれっちゃるけん。」
子供達は、バーベリーに声をかけながら得意そうに歩いた。
「バーベリー、こっち・こっち・・・・。」 バーベリーも、喜んでついていった。「バーベリー、ここが階段
ぞ。 おかあちゃんに上手に教えてやれよ。」・「バーベリーすごい。階段で止まったぞ。」・「この犬、
人の言葉が解るが?」・「かわいい・かわいい・・・」などなど、いろいろな興味を示した。 「どうもあ
りがとう。 ここからまっすぐ行ったらええがやねえ?」「バーベリー、道まちがえるなよ。 また、学
校にも来てくれよな。」・「バーベリー、バイバイ!」
彼女も、子供達が気になるのか? 何度も後ろをふりむいた。 私は、彼女が、子供達に自然に受
け入れられたことがうれしかった。それは、たぶん、学校や家庭で”バーベリーの話をしてくれてい
たにちがいない’と思った。
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