ポッケの中から

健ちゃんのママのお話

健ちゃんの家には、盲導犬がいる。
おばさんの目の代わりをするために、健ちゃんの家にやってきた、メスのエルザだ。
健ちゃんのママは、目の病気で、一人で外を歩くことができない。
エルザは、おばさんを助けて、いつもそばにいる。
僕が健ちゃんの家に遊びに行っても、エルザは、いつもグーグー寝ている。
サイレンが鳴っても、救急車が来ても、エルザは、全く起きない。
そんなエルザを見ていると、僕も、エルザのような犬が欲しいなと思う。
健ちゃんのママは、目が見えないけど、家の用事や、お仕事もしている。
僕は、目が見えないのに、どうしてお仕事をしているのか不思議でたまらなかった。
この前の日曜日に、健ちゃんの家に遊びに行った時、おばさんは、パソコンの音を聞きながら、お仕事をしていた。
僕には、パソコンの音が早すぎて、何を言っているのか、さっぱり分からなかったけど、健ちゃんのママは、猛スピードで指を動かしていた。
その音が終わると、おばさんは、「あら、優君、いらっしゃい。」と、僕を見て、にっこり笑った。
健ちゃんのママは、顔が見えなくても、一度声を聞くと、その人のことをを覚えていると言っていた。
盲導犬のことは、3年生の国語の時間に勉強したので、少しは知っていたけど、本物の盲導犬を見たのは、エルザが初めてだったから、とても静かで、お行儀の良いのに驚いた。
健ちゃんのママは、「おばさんも、一休みするから、みんなでクッキー食べない?。」と言って、キッチンの方へ行った。
2階から、健ちゃんも降りてきて、僕たちは、3人でおしゃべりをしながら、おばさんが入れてくれた、紅茶とクッキーを食べた。
しばらくおしゃべりをしていると、健ちゃんのママが、「ねえ、優君、ママが目が見えなかったらどう思う?。」と、僕に聞いた。
僕は、どう言えばよいのか分からなかったので、横目で健ちゃんを見ると、健ちゃんは、ママの顔を見て笑っていた。
僕は、今まで、ママの目が見えなくなるなんて考えたことがなかったので、健ちゃんのママに、そんなことを急に聞かれても分からなかったので、僕も、二人に合わせて笑った。
すると、健ちゃんのママが笑いながら、「おばさんもね、目が見えなくなった時は、怖くて、悲しくて・・・、世界で一番不幸だな・・と思ったり、もう、死んでしまいたいと思ったこともあるのよ。」と、天井を見て言った。
僕は、その時、もし僕も目が見えなくなったら、おばさんのような気持ちになるのだろうなと思った。
「けどね、優君、今は違うのよ」と、おばさんは、また笑った。
僕が驚いたような顔をすると、「あのね、優君。目が見えないことは、不幸だし、死んでしまいたいと思ったのはね、それは、たぶん、目が見えないから、どうしていいのか分からなかったからじゃないかと思うよ。それと、周りの人と比べて、自分は、目が見えないから不幸だと思っていたのだと思う。けど、幸せや不幸って、周りにあるものではないと思うの。みんな、自分の心の中にあると思うよ。優君の心の中にも、幸せがいっぱい入っているのよ。」と、おばさんは、健ちゃんを見ながら言った。
僕には、その意味が良く分からなかったけど、たぶん、そうだろうなと思った。
健ちゃんのママは、とてもお話が好きで、僕たちにも、いろいろなことを話してくれる。
僕は、そんなおばさんのお話の中で、やっぱり、目が見えなくなった時のことが、すごいことだなと思う。
自分の目の前の風景が、一つずつ消えていくのは、本当につらいことだなと思った。
おばさんは、クッキーを食べながら、「幸せがあんまり大きいと、私の胸には入らない。幸せを、手に入れようと思ったら、幸せは、かにのように横向いて、ゆっくり、ゆっくり、やってきた・・・。・・・今、わたし、とっても幸せ・・・・。」 と得意そうに歌った。
健ちゃんのママが、「この歌はね、おばさんが、まだ、とても若い頃に歌っていたの。今は、もう、ほとんど覚えていないけど、ここだけは、しっかり覚えているの。」と、今度は、僕を見て言った。
「生き物って、いろいろな顔をしているから、おもしろいとは思わない?。地球上の生き物が、全部同じ顔していたら、本当につまらないよね。丸い顔、長い顔、大きい顔・・・・。みんな、違っているけど、みんな同じ顔だよね。目が見えなくても、耳が聞こえなくても・・・・ても、みんな、みんな同じだし、大切な命だから、優君も、健ちゃんも、おばさんも・・・、みんな、みんな大好き。優君も、優るクンのこと、一番好きになってね。」と言いながら、健ちゃんのママは、僕の頭を、くしゃくしゃにした。
僕は、そんなおばさんのそばにいると、幸せって、本当にみんなの心の中にあるんだなと思った。

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