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2021年09月の日記です




▼2021年 9月21日 (Tue)   -- 投稿日:2021/ 9/21 14:19:18(火)    ... No.[22]

公の場では言葉遣いに気をつけなければ…。
 ここにきて朝晩は大分涼しくはなったが、どうも天気が変わりやすい。先日は数日寒い日があったので、毛布などを干したが、それからは案外暑い日が続いている。
 今朝ラジオを聴いていたら、著名人の高齢者の女性が、「あきめくら」と言ったので、これはちょっとクレームがつくのではないかと思っていたら、番組の最後にパーソナリティーが「不適切な表現がありお詫びします」と言っていた。
昔は平気で「あきめくら」などと使われていた。座頭市の映画の中でも「めくら」ということが使われていて、字幕で「これは時代背景うんぬん」という説明が出ていた。それはそうだろう。「座頭市は視覚障碍者だから…」と言うのは、あの時代ではおかしい。
 2年ほど前に、母方の叔母とカラオケ喫茶に入るなり、叔母が「今日はちんばがめくらを連れてきた」と言ったのには驚いた。自分はどういわれようとかまわないが、お客さんはどう答えてよいのか分からないような雰囲気だった。叔母は88歳で、ちんばやめくらということは自然に使ってきたことで、使ってはいけないということも知らなければ、差別語だという意識も全くない。まあ、年齢から考えてある意味では仕方のないことだと思っている。
 最近、自分たちの中で視覚障害特に全盲の人のことを「おめくらさん」という言い方が流行っている。まあ電話の中でのことだが、特に違和感はない。カラオケ喫茶でも全盲の人が歌っている「奥飛騨慕情」をかけてもらいたい時に「あのおめくらさんの曲をかけてや」と言ったりしている。「おめくらさん」というのは、たぶん自分がいるので「めくら…」と言うのは失礼に当たると思い「おめくらさん」と言ったのではないかと思う。たぶん、そこに自分がいなければ「めくらの人の曲をかけてや」と言っているに違いない。



■下関の村岡です。  今回■アウリンさんが書かれた内容は以前私ともしかすると電話で話した内容でこのページに残って無いのではと思いますが。「あきめくら」と聞くと確かに私の立場では良い気分はし無いのですがではと言うことでなぜ「めくら」と言うのが差別語になってしまったかと私が思うのは「めくら」と言う表現で強い、いじめや差別さらに視覚障害者の人格を否定するような接し方を受けて来た事に有ると思うのですね。
  そこで改めて書きますが心の差別語は「盲」と言う言葉だと思います。それは私もパソコンの発達で辞書を引けるようになり「盲」と言う言葉を読んでみましたら、物事の弁別の出来無い事「またはその人」とはっきり書かれている人なのですね。
  それをMLで指摘しましたら驚く事に「視覚障害者の皆さんはこのような表現に全く関心が無い事」を知った事に有りますね。
  私もいくらか自分の眼で見る事が出来た事により、その体験から思うようになったのは「めくら、眼暗」詰まり光が無くなると何も見え無いので動くことさえ出来無い強い恐怖の状態だと私も体験的にも理解出来ています。
  その事が「眼が見え無い人はそのような状態で何が判るものか」と言う障害者で無い皆さんの心理から社会的な風潮になった事から「視覚障害者への社会的個人的差別」が行なわれたと思うのですね。
  障害者で無かった、最も大切な二十歳代迄障害者で無かった■アウリンさんなら私のこの意見を五理解頂けるのではと思うところなのですね。
  さらに私がここ30年来思うのは真の差別を言葉巧みに受けたのは寧ろ「視覚障害者の皆さん」からだった思いをしているのです。
..2021/ 9/21 20:00:24(火)  (23)

■あうリン 下関市の村岡さん、いつもコメントをありがとうございます。
 私が最初に受けた感じは、「目が見えないと全ての機能が劣ってるイのではないか」と思われていることでした。見えないのにできるはずがない、分かる訳がないと思われていることをひしひしと感じた時期がありましたね。
 まあそれは、私がいろいろとやったりしていることを見て、少し考え方が違っては来たように思いますが、何をしても「見えないのに…」と言うことが先につきますね。そんなことにはもう慣れましたけど、一番しんどいのは、同じ失敗をしても「やっぱり見えんけんねえ…」と言うことですね。見えていても失敗することはありますが、それはただのミスで、自分たちが同じようなみすをすると、「見えないから…」ということがついて回ります。視覚障害は情報障害と言われますが、確かに姿形は見えませんが、それなりの努力や工夫で何とかなることも多いですよね。私が一番嫌いなことは、全盲の人がまるで見てきたような話をすることです。例えば「今日の口紅とてもきれいでかわいいね」と言ったりすることです。生まれつき見えない人が、そんな言い方をするのはどうかと思います。色がきれいということは、人に聞いた話でしかないと思うんですよね。しかも公共の電波に乗せて言うですからどうしようもないです。

その人のことは知っていましたので、放送の後、電話をして「あれは言い過ぎではないか…」と言ったこともあります。その人は「虹ってきれいだよね「などと言ったりします。そう言いたければ「虹ってきれいだそうね」だと思いますよ。生まれて一度も色や形をみたことがないですから。まあ、こんなことをここでいくら書いてもどうしようもないですけどね。

..2021/ 9/22 08:08:45(水)  (24)

■下関の村岡です。  このページは実際にどのような誰が読まれているか判りません。だから書く以上は自己責任で書かなければなりません。そのような事で折角開設されているのですから私は■アウリンさんの書かれる内容に従って自分の思いを書いてます。
  前にも書いたかもしれませんが障害者に対して自分より、劣っていると言う真理の元に何が有っても視覚障害と言うに人生の、最も大きな弱点を日頃から論うが如くに表現されますね。そのような人も障害者が自分の真の立場を表現すると障害者で無い人は自分が否定されたような気分になり激怒するのが日常茶飯事です。
  さて、めくら「眼暗」と言うのは庶民が自分の実体験からそのままを表現した言葉ですね。それに大して「盲」と言う表現は学歴も有り、言語学者がその立場に置いて表現した言葉ですね。そうしますと「眼の見え無い事、物事の弁別が出来無い事」と言う事で留められていれば盲と言う表現が眼が見え無い事と説明されていても一歩譲りましょう。しかし「物事の弁別が出来無い事、またその人」とはっきり辞書に書かれている事が問題なのですね。
  やはり人格高い方はどのようにでも学ぶちからを持たれてます。しかし学歴も有り学問したからと言って「人格はそんなに育た無い」と言う一つの実例が「盲」と言う表現を表したその人の人格に関わるのだと私は考えます。
  「ここであれこれ言ってもしょうがない」と思われるならこのようなページを開く意味は自ら無い事を表現した事になりますので、折角の■アウリンさんを表すページですから大切にしましょうね。
..2021/ 9/22 09:20:56(水)  (25)

■あうリン 下関市の村岡さん、こんにちは。
ち「ここで書いてもしょうがない」と言うのは、分かっている同氏があれこれと言ってもい方がないですよねという意味で、いろいろな人の意見が無意味だと言うことではありません。
 以前ここにも書きましたが、ワクチンの予約で、決められた日にちより早く予約して、それをワクチンをうつ側も了解したというようなことを書いた時に、「そんなことがあってはならないから…」ということで家に聞きにきた人がいました。まあ立場上きちんとしておかなければという気持ちがあったのだと思いますが、ネット上のことは、ここに書いてほしかったなと思います。SNSに書きこんだことをいちいち聞きに行ったりり来たりはしませんよね。そのために、コメント欄がある訳ですから。
 昔から知識はいくらあっても使わなければ知らないと同じことだと言われますが、やはりその知識を生かすことは大事です。頭でっかちにならないように気をつけたいと思います。まあ、頭でっかちになるほどの知識はありませんけどね(笑い)。それと、やはり言葉遣いには気をつけたいと思います。


..2021/ 9/23 09:17:58(木)  (27)

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▼2021年 9月17日 (Fri)   -- 投稿日:2021/ 9/17 20:18:24(金)    ... No.[19]

いろいろな値…。
 台風の影響なのか、少し雨風が強くなってきた。
子どもの頃は雨戸が木製だったため、台風が去っても雨戸が乾くまで閉めていたので部屋はとても暗かったことを思い出した。実家は高いところにあり、お山からの流水が強かったように思う。今のことは分からないが、たぶんそれほど違ってはいないのではないかと思う。昔は裏の溝もいつも掃除をしていたが、長男たちはそのようなことをあまりしていないのではないかと思う。長男たちには子供がいないから家を直すということもしないだろうから、今ある家を大切に管理してくれたらいいのになあと思う。父が他界した時にリホームをしたが、洋間にした部屋もとっくに物置部屋になっている。部屋が多すぎていらない部屋もあるにはあるが、それほど物を貯めこまなくてもねえ…。
 今日は市民病院の定期検診で中性脂肪が少し高いと言われた。まあ、これは若い時から言われていたことで、体重にはそれほど関係していない。中年以降になれば体重は少し大目が良いらしくて、自分の慎重だと50キロ〜51キロが一番健康体らしい。それだとまだまだ余裕がある。50キロと言うのは、妊娠中以外にはなったことがない。一番気をつけなければいけないことは、糖尿病の遺伝因子が高くて、父の兄弟姉妹全員と、母の親姉妹にも糖尿病の者がいるし、弟も薬を飲んでいる。まあ弟は大したことはないが、自分も少し油断をすればヘモグロビンA1Cが6を超えることがある。まあ、7を越えると気をつけなければならないだろうが、6代ならインスリンをうつことをしなくてもよいだろう。糖尿病専門のドクターがラジオで「覚えておこう6.9」と言っているから、それ以上だと危険だということではないかと思うまあ、基準値はかなり低く設定されているが、ほとんどの人は5.8〜6くらいはあるのではないかと思う。
血圧にしてもそうで、収縮期血圧が135いかになっているが、これも昔は自分の年に90を足したもの以下なら大丈夫と言われていた。生活習慣病がうんぬんと言われ始めた頃からそれぞれの値が厳しくなったような気がする。
体は食べた物でしかできない。バランスの取れた食事は大切だが、あまり神経質になる必要はないと思う。健康のためにと毎日せっせと歩いていた人が、急に歩きを止めると、たちまち足腰が弱り、運動していない人に比べて将来寝たきりになる確率が高いと言うことを聞いたことがある。
特別に運動をしなくても、家の中でできるラジオ体操やスクワットをしたり、骨に不可をかけたり、筋の曲げ伸ばしで十分ではないかと思う。
自分は、かかとを上げ下げしたり、つま先歩き、ゾンビ体操、ぶら下がり、それにヨガ…。全部家の中でできることを、できる範囲でしている。とはいえ、下腹が出てくるので、それは何とかしなければならない。年をとっても下腹が出ていない方が、着るものにも困まらない





■下関の村岡です。  お互いに命有る限り健康で過ごしたいものですね。私は医療関係の仕事をして来たとは言うものの、そんなに学問的に深い知識を持つ事が出来無かったのは先ず強い興味を持てなかったのが正直なところででも、内容が「物理療法」でしたのでソノ点では徳をしたように思いますね。
  ですから若い頃には「ウエートトレーニング」をするのに47.5キログラム程のバーベルを25歳の時に買い求めて46歳迄行いましたが、余り力んで脳神経が切れてしまったらなんて理屈付けてやめたのは好きで行なっていたのでは無いからで、あのような事でもし無い限り日頃力を使う事が無いので体力の衰えが恐ろしかったからなのでしたね。
  それ以後は基本的に病人のトレーニングをするのも仕事の内でしたので健康な自分の体ですから特に問題は無くそれ以後も現在迄室内での軽い体操をしてました。ですから今回書かれたような方法を気軽にされていれば十分だと思いますね。
  幸いにも私は以前から表現して来ましたように現在もまだ全く医療関係の所に行った事が無く1991年にこの世の光を見る事が出来無くなり、さすがに欲が出てもしせめて光だけでも感じるようになれるものならと思いながら学者レベルの眼科医と話して見たかったと言うのが目的で「福岡医大と、東京の慶応病院の眼科」の診察を受けて十二分に納得の行く話しが出来たのがせめてもの学びでした。
  ところで、前のメールに書かれていた「障害者の方が、障害者で良かった」と言う人がいる事の話題は以前にも話し合いましたね。
  どうしても世間に名が知られるとマイナス思考の人のように思われたく無いと言う野心からあのような発言になるのでしょうね。
  どのように考えても「障害者の方が良かった」と言う事は絶対に無いのでしてねえぇ。
..2021/ 9/18 13:47:57(土)  (20)

■あうリン 下関市の村岡さん、おはようございます。
そうですね、やはり健康な身体でなければやりたいこともできませんよね。今は「健康も金で換える時代だ」という人もいますが、いくら金があっても治らない病気もたくさんありますから…。まあ、金も生活ができるくらいは必要ですけど、老後資金は退職前に二千万から三千万必要だというのは、どう考えても一般的ではないですね。それほど持っていない人でも十分老後生活が送れている人が大半ではないかと思います。
 サピエ図書の「人気のある本」の中に、「知らなければよかった・ワクチンの恐怖」だったか、コロナのワクチンは怖いというような本がありダウンして聴いてみましたが、それによると、「ワクチンを接種した者は2年以内に死ぬ」と言うようなとてつもないことを書いていました。どこまでが真実化は分かりませんが、ワクチンはまだまだ未知のことが多いのは確かのようですね。
 「障碍者で良かった」・「見えなくてよかった」という人のことは書物の中でよく聴きますが、強がりでしかないなと思います。そのような人は、きれいごとが好きなんでしょうね。何事も美化したい人だと思います。

..2021/ 9/19 09:04:35(日)  (21)

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▼2021年 9月15日 (Wed)   -- 投稿日:2021/ 9/15 10:21:19(水)    ... No.[13]

公務員とはいえ…。
 このところ天気は悪いし、体調も今一つ優れない。と言うのも、月曜日の夕方おかずを温めていたらたって折れないほどの眩暈がした。すぐに二階に上がって休んだが次の日もほっこりしなかった。これと言った病気ではないだろうから、たぶん自律神経の一種ではないかと思っている。見えないであちこちに行くのは、想像以上にストレスが貯まるのではないかと思う。家の中ならそれほどのこともないが、外をうろうろしなければならないと、やはり疲れる。
 これは知り合いに聞いた話だが、役所の課長が万引きで捕まり、4か月の停止をくらったらしい。その人も、マイバックを持って行き、500円分ははらい、後はバッグに入れて隠しレジをすませて外に出たところを定員に捕まったらしい。
マイバッグになり万引きは日常茶飯事になっているが、またその課長もなぜだったろうかと思う。金がなくてしたのではないと思うが…。まあ、公務員と言え、とかくは人の子。そんなことがあってもおかしくはない。数年前にも同市の警察官が風邪薬を盗んで退職したこともあったし、ガム一つを盗んで退職した警察官もいた。
 それと、老人の万引きが多いのは、警察に捕まると家族が迎えに来てくれるので、家族に会いたいばっかりに万引きをする老人も多いらしいし、一度そんなことに手をそめると次からはハードルが低くなり、エスカレートしていくこともあると聞く。





■下関の村岡です。  月曜日の夕方たって折れないほどの眩暈がした。との事ですが、大事に至らなくて良かったですね。若くても自律神経の過度の緊張と言うのは、我々の生活に大きな障害になるもので最近は医師がそれらの問題を重視している書き物を結構読みます。
  若い頃からの出来事を思い出すに付け私は今から考えると自分の体験でも可也の自律神経緊張状態で過ごしていたのだと思いますね。
  それを何とか乗り切る事が出来たのは、人から強く指導される事無く、自分の未来への方針が特に二十歳前後の頃から自発的に自覚しながら常に「先で望みが適わないような事にならないよう」と言うのを強く意識出来た事に有るように思いますね。
  そのように若い頃と言うのはどのような形で人生への目覚めが出来るかどうかで人の人生可也変ると言えたのが1945年後半からの日本の社会環境に有るように思うのです。
  特に私が歳を重ねる程に思って来たのは、私の場合たまたま自分の志した事に世の中が上手く自分の年齢が進む程に都合良く進んで来たからなのだと思うのですね。
  今回のようにそこそこの年齢や私などから考えれば遥かに恵まれているような立場に有りながら今回書かれた様な人格崩壊しているような言動をする人が多い事に自分の若い頃からの思いに重なるのですね。
  私に取ってそのスタートが1958年11月の電波法改正によりそれ迄視覚障害者が経験する事の無かった実体験を障害者で無い人と変り無い実効が出来た事に始まるような気がします。
  その後も送れながらも基本的に1978年に社会的に「アマチュア」だけとは言え、文字が点字と言うだけでその他には全く対等な国家資格を取得出来た事に有ります。
  その後は1980年代頃からは規制緩和が進みそれ程に学力の無い人も同じような免許取得が出来立場権利は同じように取得出来るようになった事だと言えます。
  ところがそんな資格とは直接関係無く、コンピュータ技術の進歩でご存知のようにとても便利な現在迄の状態ですものね。人が信頼するとか認めるとか関係無く「自分の為に幸運を掴めた」と意識出来る老人が全国、いや世界でもどの程度おいでになられる事でしょうね。
..2021/ 9/15 11:10:04(水)  (14)

■あうリン 下関市の村岡さん、いつもコメントをありがとうございます。
そうですね、日常に置いて自律神経にかかわることはたくさんあったのだと思います。やはり「見えない」ということが大きなストレスですものね。「視覚障害で良かった」と言う人がいますが、私には、とても理解ができません。見えている方が、どれだけ幸せか…。
 娘も夜講習を受けて、保育園の年長の時にアマチュア無線の免許を取りましたが、難しい字は知りませんので、柄として覚えたそうです。あの頃は免許を取るのが流行し、この地区の人も徐々に取って、一時は、とても流行っていました。我が家にも古い無線機が何台かありますが、今ではゴミ同然です。
 PCの進歩は私たちに豊かさをもたらせてくれたのは確かですね。それまではワープロを使っていました。ワープロもなかなか良い機会でしたが、やはりPCに変えてからは面白かったですね。まあ、DOSの時代ですけど。事業所に入った時には、すでにウインドーズになっていましたが、もしDOSをしていなければ私はついていけなかったと思います。
今は、文字を書いたりネット検索することが主流ですが、それほどしてみたいなと思うこともありませんので、ほとんど勉強していない状態です。まあ、今は希望もありませんから、それで良しとしています。

..2021/ 9/16 08:59:25(木)  (15)

■下関の村岡です。  子供さんが小学生の頃アマチュア無線免許を取られた話題は以前伺ったのを覚えてます。世の中本当に素晴らしくなりましたが、それを素晴らしく受け止め上手く用いるかどうかはその人の人格に有りますね。パソコンは単なる事務機を基本にした機器で今ではスマホも全く同じような物ですね。
  ですからコンピュータは1995年以後からの(WINDOWS,system)の時代から用いるようになられた人の方が上手く自分の生活に役立てているのが一般の皆さんなのですね。それ以前は一部のマニアックの人達を中心に扱っていた時代ですから一般にはワープロが真に便利な物だったのですね。
  私がなぜ古いパソコンばかりを用いているかと言うのは真実経済力が無い為に皆様のように新しい物が持て無かったからなのでして。それでも何とか皆さんと同じように生活に必要な事に上手く用いれているかと言うのは、皆さんには私の立場では真に理解し難い方向で、コンピュータがまだ世間に全く普及して無い頃からの機器の発達と共に学び好きな道として今で言う専門家的に学べたチャンスを掴む努力をして来たからでアマチュアとは言え「1級無線技師」の資格を旧制度の時に取れで、電子工業会から工業大学へ進む程の知識技術を持つ者として認められる時代の厳しい世界のだったからなのですね。
  とにかく今の我々は恵まれてます、大いに役立てて過ごしたいものですね、ご自愛の程。
..2021/ 9/16 09:56:17(木)  (16)

■あうリン 下関市の村岡さん、こんばんは。
私は無線のことはあまり分かりませんが、娘も免許は取ったものの、それを生かして楽しんでということはありませんでしたね。
私がPCを始めた頃は、やはり自分で相当勉強しなければ使えないという時代でしたので、とても面白さを感じましたね。簡単なプログラムを作り、それが自分のPCで動いた時には、やってきたことは無駄ではなかったなと思いました。最初は、アドレス管理ソフトと、家計簿ソフトでしたけど、自分のソフトがきちんと計算してくれることに感動したときもありました。簡単なものでしたが、それができたことで、いろいろとゲームソフトなども作ってみたりもしましたが、40歳になって盲導犬と暮らすようになってからは、外の仕事が多くなり、今ではそんな気力もなくなりました。
..2021/ 9/16 17:45:03(木)  (17)

■下関の村岡です。  いやあぁ、やはり書きたくなりますね。■アウリンさんがこのようにとても熱心な方なので私はここに書きたくなるのです。そうなんです、(WINDOWS/95)が出る以前は一定の意欲の有る方でなければコンピュータを真に用いる事は困難だったのです。
  私も勉強家では無かったのですが、電子機器の機能として、視覚障害の不自由さを補い社会生活に直接役立つ設備だからプログラム開発をしたのです。
  あの頃は暫くはそれを仕事にもしましたが、金銭的利益を獲られる程の売り上げが無かったのはまだそれ程に普及して無い頃の、視覚障害者を相手の仕事だったのでそれらを心得ていたので私はパソコン関係が仕事になるとは思って無かったのです。
  そんな事より、■アウリンさんも私も家族に恵まれてますね。ご主人は本当に素晴らしい方です。私の家内も障害者で社会的には全く働け無かった私が現在もこのように楽しく生きて行ける程の家庭を維持させて呉れてます。決して彼岸での事では無く、現実的な身の程心得ての事として、ご主人は■アウリンさんが失明されても貴方のご努力に対して真っ直ぐにこれ迄来られておいでになられる事は当然のようですが、世間はそんなに甘く無く、相手が障害者になる事により、家庭崩壊と言うのは随分多いようです。
我々は真の幸福を頂いている事を自覚して感謝し、人生をこれからも送りたいものですね、ご自愛なさいますように。
..2021/ 9/16 19:44:29(木)  (18)

■あうリン下関市の村岡さん、おはようございます。
「ここでこのようなことを…」と書いたのは、村岡さんと二人、分かっている者同士があれこれと言ってもどうしようもないという意味です。決して他の人に対してどうしようもないということではありません。
数か月前のことになりますが、ワクチン関係で予約の日にちのことについて書いた時、「こんなことがあってはならないから…」と言って直接聞きにきた人がいました。私はその時に思いましたね。ネット上のことですから、コメント欄に書いてくれたらいいのにと。SNSで書かれていることを、いちいちその人の所に行って確かめることはほとんどないと思うんですよね。表現はどのようにでも取れますし、知識はそれを使う(生かす)ことがなければ知らないと同じことですよね。使ってこそ、生かしてこそ、知識があると言えるのだと思います。
..2021/ 9/23 08:19:24(木)  (26)

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▼2021年 9月12日 (Sun)   -- 投稿日:2021/ 9/12 17:40:40(日)    ... No.[9]

秋といえば…。
 昨日の晩から久しぶりの雨になった。台風の影響はどうなるのだろうか?
それにしても、レタスなどの葉物野菜が高いのにはまいってしまう。今日行ったスーパーでは、レタスが400円もしていたし、きゅうりなども高い。安い野菜と言えば、にんじんや玉ねぎ、もやし、それにキノココ類だろうか。
ここからは、某メルマガに投稿した文章。
道路を挟んだ丘の上に保育園がありますが、もう運動会の練習をしているのか、園児たちの元気な声が聞こえてくるようになりました。
 私は四季の中では、秋が一番好きです。それと花では、素朴なコスモスが好きですね。
 秋と言えば皆さんもよくご存じのように、「女心と秋の空」という表現がありますよね。女性の恋心や感情、趣味趣向が頻繁に移ろいやすいことを、変わりやすい秋の空模様とかけている表現ですよね。それが、もともとは逆だったそうです。明治になるまで「女心と」という表現は一般的ではなく、「男心と秋の空」が中心だったのだそうです。
室町時代の狂言『墨塗』には「男心と秋の空」という台詞があるそうですが、なんとその2つは「一夜にして七度変わる」というのです。他にも「男の心と河の瀬は一夜にかはる」なんて表現もあったようです。面白い考え方ですね。また、小林一茶自身、変りやすい自分の心を秋の空にたとえて「恥じやおれが心と秋の空」と詠んでいたようです。そんなものでしょうかねえ?
 ところが明治の頃から変わってきたようで、「男心…」だけではなく、ご存じのように「女心…」とも言われるようになってきたのだそうです。まあ、これは一つの説ですけれども……。
他にも、「秋ナスは棄てても嫁に食わすな」、「天高く馬肥ゆる秋」、「スポーツの秋・読書の秋・食欲の秋…」等々、いろいろと言われますが、皆さんはどんな秋を楽しんでいますか?


■下関の村岡です。  いやあぁ、子供の頃から聞いた秋に関係した言葉「諺」など懐かしく思いながら読ませて頂きました。
私はどのような季節が好きかと言う話題では特定の感覚は無いのですね、子供の頃からの思いを考えて見ると特に「冷暖房」が現在のように進歩して自分の生活に設備した現在の住まいに来た1976年の夏以後、夫々の季節生活を楽しめると言う気分になって来たように思います。
これはやはり生活の殆どが自営業の為に室内での日々の生活が基本になっての事のように思いますね。
やはり視覚障害者の為と有る程度自分の思うように動ける経済力のなさの為から来る障害者で無い方のように自由に動ける人生で無かった事に有ると思うところですね。
..2021/ 9/12 19:19:55(日)  (10)

■ごんパパおはようございます。

右眼の緑内障の眼圧が下がっていますが、非常に見づらくイライラからストレスで「めまいフラツキ」もありです。
かみさんがちょっと出かけたのでPCの前です。
 もうしばらく症状が落ち着くまでPCは禁止です。

 
..2021/ 9/13 09:46:07(月)  (11)

■あうリン 下関市の村岡さん、こんにちは。
そうですね、冷暖房の中では、季節をあまり感じませんよね。それに汗をかくことも少なくなりました。本当は汗をかく方が身体には良いのでしょうけど…。夫は、とても暑がりで冬でも半そでのTシャツと半パンです。外に出る時以外は年中同じ格好です。

ごんパパさん、こんにちは。
目は本当に大切ですから、あまり無理しないでくださいね。義母の妹も緑内障になり、もうずいぶん前から目に注射をしているそうです。詳しい治療法は知りませんが、眼圧も大きく影響してくると聞きますから、なおさら気をつけてください。
..2021/ 9/13 11:49:21(月)  (12)

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▼2021年 9月 7日 (Tue)   -- 投稿日:2021/ 9/ 7 13:25:15(火)    ... No.[4]

人の家はかってが分からない…。
 昨日からはっきりしない天気だったが、とうとう雨になった。
最近は孫の所へ行くことがますます増え、手伝えることはありがたいことだが、やはり後になってどっと疲れが出る。
昨日は母親がヘルペスができて皮膚科に行きたいので子供を見ていてほしいと頼まれたので、朝から行っていたら30分ほどして寝たので、息子の家の前庭の草引きをした。息子たちは家の中は舐めてもかまわないほどきれいにしているが、庭は相当の草が生えていることが多い。草引きは嫌いではないので、寝ている子供のそばで座るより良いと思いしていたら、嫁さんが帰ってきて、とても驚き感謝してくれた。草をひいたのは前庭だけだったが、それでも役所のごみ袋の大一杯になった。
それから夕方には風呂だしに行き、今朝はまた、今度は保育園で1時間ほど保護者の草引きがあると言うことで子守を頼まれて行っていたのはいいが、気がつくと服がぬれていたので着替えさせていたら、おむつをはずすなり、勢いよくおしっこをされた。おむつを換えたりすることは難しいことではないが、着替えさせる服を探すのに苦労した。着替えを置いている所はだいたい知っていたが、入れているボックスの位置が高かったり、どの引き出しに入れているのかもなかなか分からず、あちこち開けてみると、ようやく上着が分かり、ズボンもその下の列にあるのではないかと思い、引き出しを開けたところ、その引き出しの前に、綿棒や目薬、その他ごちゃごちゃと入れているボックスが倒れ、ボックスから出た物を探して入れるのにもなかなか苦労した。
見えていたらこんな失敗はないだろうにと情けなく思ったり、着替えはあってもお兄ちゃんのものかどうかが分からず、あれこれと触ってやっと見つけて履かせた。
母親が帰ってきて、「お母さんよう分かったねえ」と感心していた。やはり、見えないと、このようなことは難しいと思い込んでいるのだろう。これはもう仕方のないことで、そう思っていればいいと思う。とはいえ、人の家の中に置いている物を探すのは本当にかってが分からず難しいが、頼ってくれることはありがたいことだとも思う。


■下関の村岡です。  今回の御投稿内容は全盲の身では本当に大変な事ですよね。
でもいつも書かれる内容から私が思うのは基本的に子育ての時で、子供さんが乳児の時迄晴眼者で有られた事によるご体験を生かされてのご尽力だとよく思うのです。
人はあれこれ言ってますが学び体験の無いままにあれこれ考えたりましてや行動出来るものでは無いようです。
  私みたいに生まれた時からの視覚障害者でしたが僅かでも視力が有り特に私の場合は自分の視力を生かしての教育を受けたのでは無く、信じて貰えませんが自分の人生に感心をつよく持った事に対してはその殆どが独学でした。
しかしそれらに関して生み育てて呉れた親でさえも認める事が出来無い程に努力して来たなればこそ現在迄の自分が有ります。
それだけに■アウリンさんのご努力とその結果のご体験内容に感服するのです。
これからもますますお元気でご自愛なさいますように。


..2021/ 9/ 7 20:18:44(火)  (5)

■あうリン 下関市の村岡さん、いつもコメントをありがとうございます。
そうですね、見えていた時の体験も大きいと思います。やはり障害があれば、独学でも人に習ったとしても、それだけの努力や工夫がなければ、やりたいことはできませんよね。
同じ市に全盲の知り合いがいますが、ラジオを触ったり直したりすることは好きだそうですが、後のことは妹におんぶに抱っこで、まだ努めている妹が昼飯を作りに帰ってきています。昼飯は毎食麺類で作り置きができないからだそうですが、私はいつも「そのくらいのことは自分ですれば…」と言っています。やはり見えないから「ガスは怖いから」という気持ちが、小さい時から家族にあったのだと思います。ガスが怖ければ電磁調理器もある訳ですから、自分でしようという気持ちがないのだと思います。彼は生まれた時から目が悪くて、一番見えていた時が0.02だったそうですから、顔の形は分かっても親の顔のパーツは分からなかったそうです。知り合ったのは30年ほど前ですが、治療院の仕事も全くしていなくて、まるで楽隠居みたいな暮らしをしています。妹がいない時には、友達といつも外食です。ラーメンくらいは一人で作ればいいのにねえ。
そうそう、彼は村岡さんのことを知っていると言っていました。無線で知っているのではないかと思います。

..2021/ 9/ 8 08:30:32(水)  (6)

■下関の村岡です。  お住まいの市のお知り合いの方の話題ははっきり覚えていると書きたいところですが名前を忘れてまして。アマチュア無線のコールサインがJA5CZE局だったと思いますが、度忘れと言う状態ですので名前を教えて頂ければ「あぁそうでした」なんて事になると思います。
彼は見えていた頃の視力が0.02との事ですが私はそれ程にさえも見えませんでした。でも、1960年代頃迄は大きな物ですと、中間色迄識別が出来てましたのでとにかく小さくなる程に見え無い事になります。それでも残された視力を上手く用いて感心の深い事程に色々な努力をして体験出来ましたね。
  そして丁度30年前1991年の5月に太陽の光さえも見え無くなりましたが、私は基本的に物作りが好きですのでガスコンロでもちゃんと用いる事が出来ます。一つの例が2002年に家内が通勤途中で転倒骨折した時は子供が1週間ずつ交替で戻って呉れましたがそれでも一人になる日も有る時は自分であれこれしてまして、薬缶で沸かした湯をコーヒーのこし機に湯を入れるなどもしましたよ。
もし私が一人で生活しなければならないようになると簡単に行なえ無いのは「買い物」だと思ってまして、室内での事は現在の健康状態なら基本的に問題無いと思ってます、一人で食べる物ならなんとか行なえると思ってますが日頃は何もしてませんし、家内も全くやらせようともしませんよ。
..2021/ 9/ 8 09:05:13(水)  (7)

■あうリン 下関市の村岡さん、こんばんは。
そうですね、動ける間は一人で困るのは、郵便物などの読み書きですね。買い物は生協でネット注文ができますし、近くに息子たち一家が住んでいますから、まあ何とかなると思います。とはいえ、体は大丈夫でも頭の方がどうなっているのかが問題ですよね(笑い)。
同士の知り合いですが、コールサインは、そのような感じでした。個人情報ですから、氏名はメールでお知らせします。
..2021/ 9/ 9 17:47:43(木)  (8)

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▼2021年 9月 2日 (Thu)   -- 投稿日:2021/ 9/ 2 14:06:55(木)    ... No.[1]

かりんの実が邪魔になってきた…。
 ここにきて、朝晩は少し涼しくなってきたような気がする。それにしても、今年の夏は梅雨が明けても長雨が続き、うっとうしい日が多かった。
最近は孫たちがRSという風邪をひき長い間保育園も休ませているので、家に行く時間が長く、夕方地帰ってきた時にはどっと疲れが出ることも多い。
風邪の方は回復傾向にあると思うが、保育園の方でも、今はその風のことでピリピリしているので、きちんと治らなければ連れて行くことはできない。弟はまだ保育園には行っていないが、兄の方は明日休むとなると二週間休むことになると思う。弟の方も離乳食がうまくいっていたのが、ご飯を食べるのが嫌になるのではないかと心配もしている。
 今年もまた、夫が植えていた「かりん」がたくさんなり、実が重たいものだから、枝先が道路まで下がり、それが道路を通るたびに顔に当たってどうしようもない。かりんの実は固くてお重いので、大きくなれば自然と枝が垂れ下がってくる。きちんと計った訳ではないが、側溝から道路の方へ1メートル近く出ているのではないかと思う。見えている人はそれを避けて通ることができるが、見えない者は側溝に沿って歩くことが多く、さいさい顔に当たってしまう。それを夫に行って、「もっと邪魔にならないように縛りつけてくれんろうか」というと、「それはできん」と言うから、自分が当たってみれば分からあと思う。柔らかい草のようなものならいいが、かりんの実や枝は固く、それにあたると痛くてたまらない。今年もかりん酒を造るつもりで大事にしているのだろうが、少しは見えない者の気持ちが分かってほしいなと思う。




■下関の村岡です。  9月に入ったと言うだけで子供の頃からの習慣で涼しくなってと言う気分になります。確かにいくらかは涼しい感じもしますが、家庭生活にクーラーを用いるようになってからの40年来の生活は本当に楽な事だと言えますね。
。先月は以前から御交流頂いていた頃の懐かしい話題が沢山出ましたがどうしても我々みたいな不自由な立場では余り楽しい良い話題は無くどうしても苦労話になりますね。
でも、そうは言っても我々はそれなりに自分らしく普通に過ごせている方ではなかろうかとも感じます。
お孫さんも少しずつ快復に向かわれているようなので安心とは言うものの、小さな子供の事になりますとその気遣いはとても大きな事になりますね、おだいじになさいますように。
..2021/ 9/ 3 09:56:53(金)  (2)

■あうリン 下関市の村岡さん、おはようございます。
そうですね、私たちのような者は、どうしても苦労話が多くなりますね。まあ苦労はしていても、何とかできていますから良しとしています。食事作りも昔のように巻を取ってきて釜でご飯を炊く訳でもないですから、便利になったことで何とかできているのだと思います。
孫の風邪の方は何とか回復傾向に向かい、やれやれです。けど、この風は繰り返すことがあるそうですから、保育園に行けばまたかかるかも知れません。弟はまだ9か月ですから、痛いもしんどいも言うことができませんから、それが大変です。まあ、子育てをしていたら誰もが通る道ですから親も勉強になる部分も多いと思います。
本当にエアコンを使うようになり、体が汗だくだくになると言うことがほとんどありませんから、体もますます抵抗力や体力がなくなってくるのではないかと思います。
季節の変わり目、ご自愛ください。
..2021/ 9/ 4 08:29:35(土)  (3)

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